com-yoshiのブログ

現役の天理教教会長による、ぶっ飛びな天理教のお話や、だらけきった信仰体験談を通して、アナタのココロの筋力アップをサポートします。

第10話「教会はお化け屋敷!?」〝思ってたんとちゃう〟教会長の日々

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「情報公開はいいけど、情報出し過ぎじゃない?」

 

どうもコム次郎こと、コムヨシです。

 

先日、敬愛する先輩からそんなことを言われました。

 

さんのコムタンブログ見てるよ!」

 

そう、あのコムタン発言の先輩です。

 

「出し過ぎじゃない?」とか言うくせに、コム次郎シリーズは3話までしか読んでないそうです。

 

というわけで、これからは

 

じゃんじゃん小出しでいきます!

 

記念すべき10話スタート

 

 

 

いよいよ始まった教会一人暮らし

ボクはこれまで、親元を離れての生活は長かったんですが、一人暮らしというのは初めてでした。

 

一人暮らしデビューが天理教の教会だなんて、ものすごくヘビーですよね。スーパーウルトラヘビー級です。いや、ウルトラスーパーヘビー級とでもいいましょうか。

 

教会は築50年(当時)くらいの建物で、改築もほとんどなされておらず、色々な隙間や穴がたくさんありました。(今も)

また、周りが畑にかこまれているということもあってか、とにかくネズミが多かったんです。(今も)

そのため、前会長さんたちはあちこちにネズミ用の仕掛けを施していました。

主に、毒のエサと、よくわからないけど薬品を蒔いていたようです。

 

その薬品のにおいが強烈で、本来薄めて使用するものを原液のままそこらじゅうに蒔いていたらしいのです。

 

特に台所での臭いがハンパなく、台所でご飯を食べる気にはなりませんでした。

 

そんな感じで教会での一人暮らしが始まりました。

 

 

 

一人暮らしの夜って引くくらい寂しい

そんなに急ぐ必要もないのに、何かに急かされるように慌ただしく引っ越しの準備を進めました。

引っ越しと言っても自分の荷物は殆どないので、すぐ終わりました。

 

基本的に住居というものにあまり頓着なかったので、「あれが足りない」「これが足りない」と感じる事もなく、あるもので生活するという感じでした。

 

それでも困った事はありました。

 

それはテレビです。

 

テレビは割と大きめのブラウン管テレビがあったんですが、この辺の地域は電波が非常に悪く、普通に見れるチャンネル数がとにかく少ない。

 

地デジに移行した今は、ケーブルテレビになったので電波に関係なくキレイな映像をみることが出来るんですが、当時見れたチャンネル数は2つです。

 

2つです。

 

 

2つ。

 

 

そう、たったの2つ。

 

 

NHKと日テレ。(NHKは2つチャンネルがあるので、正確には3つですが)

 

 

当時ボクは「めざましてれび派」だったので、朝から羽鳥さんのズームインを見なければならないのは苦痛以外の何ものでもありませんでした。

 

いえ、羽鳥さんがキライなんじゃないんです。ズームインがおもしろくなかったんです。

 

まあ、それでも朝は良いですよ朝は。

 

夜ですよ夜。

 

一人暮らしで、チャンネル2つを想像してみて下さい。

 

しかも一つはNHKです。むしろこれはカウントされないでしょ。

 

実質1つなんです。

 

日テレ一強です。

 

なので、テレビはほとんど見ませんでした。このころのドラマとか流行ってた音楽とかも全然わかりません。

 

何を見ていたかというと、上級教会での青年勤め(雑用係)時代にレンタルしまくっていたDVDをひたすら見ていました。

 

 

 

友人が泊まりに来たぜ

そんな暮らしを続ける中、ある友人が泊まる事になりました。

 

教会での一人暮らしが退屈だったのもあるのですが、夜の教会で1人で寝るのがあまりにも恐かったというのもあり、来てもらうことにしたんです。

 

ボクは生まれも育ちも教会です。

 

だから慣れてるでしょって思われるかもしれませんが、夜の教会はやっぱり不気味で、1人で神殿のトイレに行くのはそれなりに勇気が要りました。

でも、実家は住まいと神殿が繋がっているとはいえ、生活スペースは住居でことたりたので、夜に神殿のトイレに行くことはありません。

 

しかし

 

ここの教会は、神殿を中心にして神殿の周りに部屋が足されている感じなので、どこへ行くにも神殿を通らねばなりません。

 

とにかく不気味なんです。

 

気持ち悪いんです。

 

トイレに行きたくないんです。

 

そんな感じだったんで、友人が来てくれたその晩は不気味さはかなり軽減され、楽しく夜を過ごす事ができました。

 

 

 

緑色のおじいちゃん

それから一週間ほどたった頃でしょうか。

 

泊まりに来てくれた友人とは別の友人と、何気ない会話をしていました。

その友人は、泊まりに来てくれた友人とも共通の友人で、彼らがボクの教会に泊まりに来たことも知っていました。

 

そんな話の流れで突然その友人が、こんなことを言ってきました。

 

 

「こないだ教会に幽霊がでたらしいね!」

 

 

「え?」

 

 

「え???」

 

 

「!!!!!!!!!」

 

 

おい、そんなの聞いてねーぞ!

 

 

どういうことだったかというと、その友人がトイレから部屋に戻る途中、神殿の隅に薄緑色の色をしたおじいさんが、イスに座るような格好をして座っていた。(そこにイスはなかったらしい)

神様の方に背を向ける格好で、外の方を向いていた。

 

 

ということがあったのだそうです。

 

でもその友人は、ボクが恐がりだということを承知してくれていたので、あえてボクには話さなかったのだそうです。

 

共通の友人には話したけど、本人には話さないようにということを伝え忘れていたようです。

 

その話を聞いて、実は思い当たる節がありました。

 

当時ボクは、ある信者さんのおたすけに通っていて、3日間病院へお見舞いに行くことに決めていました。

友人が泊まりに来た日は、2日目のお見舞いの日でした。

 

3日目の午前中は、部屋でちょっとした事務作業をしていたんですが、なんとなくソワソワするというか、イヤな感じがするというか、教会にいたくない感じになったので、ちょっと早いけど病院に行く事にしたんです。

 

病院に行ってみると、部屋に信者さんの名前がない。信者さんもいない。

 

大部屋だったので、容態が悪くなって移動したのかなと思い、看護師さんに尋ねてみました。

 

すると看護師さんは

 

「今朝、亡くなりましたよ」

 

とのことでした。

 

 

ボクは、その信者さんとは全く面識がなく、入院の連絡をもらった時にはすでに意識がない状態でした。

 

ボクには霊感がまったくないので、そういう話はまったくわからないんですが、

 

あの日の夜、友人がみたおじいさんは、恐らくこの信者さんだったんだろうなと思うんです。というか、そうであって欲しいと思いました。

 

教会にはまったく来ていなかったみたいだけど、修養科を出て、用木にもなっていたと聞きました。

 

「酒癖が悪くて大変だった」とその方の奥さんが事あるたびに言ってたけど、最後の最後に教会に来てくれたんだなって思ったら、とても嬉しかった。

 

あの夜、友人が泊まりに来ていなかったら、共通の友人がうっかりお化けの話をボクにしてくれていなかったら、ボクはその信者さんが亡くなる直前に教会に来てくれていたことを知れなかった。

 

この世に偶然なんてないっていうけど、いまこの記事を書きながら改めてそれを感じています。

 

ちなみに、ボクの母親は引くくらい霊感が強くて、何度か手伝いとかで教会に来てくれているんですが

 

「相当気合いを入れてからじゃないと、あそこの教会には行けない」

 

というほど、邪気がハンパないそうです。

 

なんというか、無念の感じがハンパないんだそう。

 

それを聞いてから、色々調べてみたら、どうやら故人の年祭がほとんど滞っていたようなんです。

 

それで、前会長さんの一年祭(このシリーズ中ではまだ死んでません)に合わせて、滞っているであろう方々の年祭を一緒に勤めたんです。

 

それからというもの、以前のような邪気はほとんどなくなったらしいです。

 

霊感がないボクにはまったくわからない世界ですが、年祭とか霊祭って大事だと思います。教理的にどうなのかってとこはあると思うけど、大事っす。

 

でも、もしも霊感があったら住めなかったんだろうな。色々ちょうどよくできてるって感じですね。

 

 

 

つづく

天理教の修養科ってどんなところなの?

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どうも、コムヨシです。

 

早いもので、このブログも開設して6ヶ月目に入りました。

アクセスの平均値もちょっとずつ増えて、色々な方に読んでもらっているみたいなんです。とても嬉しいですよね。

 

今まで全くと言っていいほどコメントがなかったんですが、いわゆる「アンチ」と呼ばれる方々からもコメントをいただくようになりました。

アンチコメントはやっぱりへこみますが、それでも、こんなウンコみたいなブログを読んでもらって、しかもコメントまでいただけるなんて、とても有り難いことですよね。

 

そんなアンチコメントが増える中、あるコメントが目に止まりました。

以下に抜粋して引用します。

 

 多くの分教会の会長さんとか、 そういった関係者の方のブログって 書いてる方が、 ご年配の会長さんとかで、文体も けっこう堅苦しいのが多い中、 小向さまのブログは 若い人調の話し言葉でとっても読みやすく みるみるうちに引き込まれました。

教会長という責任あるポストにあるにも関わらず 歯に衣着せぬホンネを ブログで公開していただいているので、 うれしく、といいますか共感しております。 一気に全記事の8割くらいを 読ませて頂きました。

教会Deハロウィンとか、 教会deカフェっていう 企画はおもしろいですね。

で、リクエストでございますが、 もしよろしければ、小向さまが 「修養科」に行かれたときの体験談とか 修養科に行かれる前と行った後で、 このような内面の違いがあった、とか 小向さまから見た修養科のいい面、あまりよろしくないと思われる面など、が ありましたら、記事にして頂ければうれしいです。

母が修養科に入っております。 毎日21時半の夕礼後に母と電話で話をしていますが、 だんだん私も修養科に興味がでてきて 入学を積極的に検討するようになりました。

 

天理教を調べているうちにボクのブログにたどり着いたのもビックリでしたが、「修養科について記事を書いてもらいたい」というリクエストがきたことにはもっと驚きました。

 

というわけで、依頼主のご期待に添える自信は全くないのですが、天理教の修養科について思いつく限りのことを書いてみようと思います。

 

 

 

3ヶ月で陽気ぐらしの生き方を身につけることが可能なのか

結論からいうと

どちらとも言えません。

 

はい無責任ですいません。

でもそれはどうしようもない真理なんですね。

全く同じ環境で同じ体験をしても、感じ方に個人差があるのは当然の事です。

 

じゃあコムヨシはどうだったのか。

何も変わりませんでした。

 

なぜ変わらなかったのか、クソ人間のコムヨシを変えられなかった修養科ってどんなところなのかまとめてみましょう。

 

 

 

修養科で学ぶこと

 

 修養科の一日はおよそ次のような流れです。

 

  • 起床、洗面、食堂準備(食堂準備がない詰所もある)
  • 朝の神殿掃除(朝勤め一時間前に行われ、季節によって時間が違う)
  • 朝勤め参拝(各大教会でまとまって参拝)
  • 詰所で朝食、登校準備
  • 登校
  • 朝礼(全体)
  • 朝礼(クラスごと)
  • 天理教教典・教祖伝・みかぐらうたの授業(午前中は4コマくらい?)
  • 昼食、休憩
  • おてふり(ダンス)、鳴りもの(楽器)の練習、ひのきしん(午後は2コマ?)
  • 各部署でのひのきしん
  • 夕方の神殿掃除
  • 夕勤め参拝(詰所で修練として勤める場合がほとんど?)
  • 修練(ダンスや楽器の練習)
  • 夕礼
  • 入浴
  • 消灯

 

という感じです。

勉強の側面からみると、午前中は机に座って講義を受け、午後は実践形式の内容でまとめられているという感じです。

 

 

 

修養科の雰囲気

めちゃくちゃ良いです。

おぢば(主に教会本部周辺)は「時間が止まっているような」と形容されますが、本当に時間がゆっくり流れているような印象を受けます。

 

ボクのように青森のど田舎出身の人間が行っても、そう感じるわけですから、都会の人からしたら本当に止まっているように感じるのかもしれません。

 

天理教のことはよくわからないけど、天理の雰囲気は好き!

天理教は大嫌いだけど、おぢばの雰囲気は好き!

教会長なんていなくなればいいと思ってるけど、おぢばは大好き!!

 

信仰のある無しに関わらず、おぢば帰りしたことのある人の多くは、このように感じている方の割合が多いような気がします。

 

それくらい独特な雰囲気と時間の流れをもっている空間だと言えます。

 

そこで3ヶ月過ごすわけです。

 

修養科は男女別のクラス編制だとは言え、老いも若きも、教会で育った者も初めて天理に来たという人も関係なく、机を並べて教理勉強に励みます。

 

60代、70代はざらで、80代で入学される方も珍しくありません。

 

車イスがなければ生活出来ない方、酸素ボンベがなければ息が出来ない方、やくざから逃げ隠れるつもりで来た方、

 

色んな境遇の人達が一つの部屋で、生きることの意味や、これからの生き方を模索していきます。

 

3ヶ月目には一通り試験があるわけですが、お年寄りの方のほとんどは全くと言っていいほど回答できません。

お年寄りだけでなく、若い方でも結局よくわからなかったという人の方がほとんどでしょう。

 

それでもほとんどの方が、修了式には涙を流し、別れを惜しみます。

 

それは、天理教の教理に感動し新しい生き方を手に入れたわけでもなければ、布教意欲に燃え今後の布教人生に武者震いするようなものでもありません。

 

単に、修養科の雰囲気、そしておぢばでのゆるやかな非現実的な時空との別れ、それを共有した仲間との別れに涙しているのでしょう。

 

それほど修養科は特別なところなのです。

 

 

 

え?それで?コムヨシはどうだったのよ?

え? ぼ、ぼ、ボクですか??

 

ボクは、一切泣きませんでしたし、早く修養科終わりたいと思ってましたよ。

 

もちろん、修養科の特別な雰囲気に癒されたのは間違いありません。

でも、教会で生まれ育ち、天理教の枠内でばかり生きて来たボクにとって、修養科には新しい感覚はなかったし、

 

「そんなの知ってるよ」

 

っていう感覚がどうしても抜けないんですね。高慢の極みです。

 

記憶として残っているのは、やっぱり仲間と過ごした休み時間だったり、ご飯の時間だったりします。

 

勉強の内容は基本的なことをサラッと学ぶという程度です。

でもそれでいいんですね。

 

多くの教会長さんがそう思っているように、修養科に送り出して天理教大好き人間に変貌してくるとはこれっぽっちも思ってなくて、修養科のあの特別な雰囲気の中で、少しだけ自分を見つめ直す時間をもてればいいかな、くらいの感覚です。多分。

 

逆にいうと、修養科で人に与えられるのはそのくらいのもんだと思ってます。

 

 

 

修養科に行くべきか、やめるべきか

行くべきです。

 

絶対に行くべきです。

 

なぜなら、あの特別な雰囲気は世界中どこを探しても恐らく存在しません。

世界中を回った事がないのでわかりませんが(猛爆)

 

もし世界のどこかにあったとしても、そこへ行く旅費や日程なんかを差し引いても、日本人なら圧倒的にお得です。

 

おぢばは、人類のふるさとと言われます。

おぢばでの出会いが一期一会だったとしても、一期一会で終わらない可能性があります。

 

実はボク、天理で修養科を受ける前に「ブラジル修養会」というものを受けていました。

これは本部公認のブラジル版修養科です。修養期間は一ヶ月しかありませんが、本部の修養科と同じ扱いになります。反則技ですが、ブラジルからの渡航費なんかを考えると仕方ないのかもしれません。

 

そんなことを言いたいのではなく、そのブラジル修養会のクラスメートと、天理でばったり再会したんです。

 

もう二度と会う事はないと思っていた方だったので、再会をとても喜びました。

 

ボクはコロンビアに二年間いたわけですが、天理教に関係のあるコロンビア人とは再会する可能性がとても高いですが、関係のないコロンビア人とは再会する可能性はほぼゼロでしょう。

 

上手く言えないんですが、人間のふるさとという認識があり、そこに帰ろうという気持ちが働いているうちは、再会する可能性はとても高いんですね。

 

まして、修養科は魂レベルでの繋がりや関係が強いとされている人達が寄せ集まっているので、再会する可能性は更に高まります。

 

本当に上手く言葉に出来ないんですが、ボクはそういう感覚がとても好きです。

 

まあ、それが修養科にいく理由としては非常に弱いですが。

 

 

 

3ヶ月なんて時間とれるわけねーべ

そんな方のために、3日講習会というものがあります。

 

全部で三回にわかれていて、3日間ワンセット✖️三回の計9日間。

 

これは教理修得に的を絞ったもので、3ヶ月分の内容を9日間に凝縮しているので、講師のラインナップもプログラムも綿密に設定されています。

とても濃い内容になっているようです。

 

しかも、修養科終了と同じ資格を得られます。

現代社会のニーズに合わせたものですね。

 

 

 

おまけ

ググってもらうとこんなサイトもありますのでよかったらご覧下さい。

 

修養科|天理教

 

そしてその中に、こんな動画もあったので貼っておきますね。

 

youtu.be

ちなみにですが、今年の4月から修養科の体制がちょっと変わったみたいなんです。

大きく変わったと思われるポイントは、数人のグループに分かれて意見交換やシェアリングをする時間ができたことじゃないでしょうか。

講義に対して感じたこととか思ったことをアウトプットできるというのは、とても良いことじゃないかと思いますね。

 

今回はこれまで!

 

今日も一日陽気ぐらし!

【教会 DE クリスマス】開催決定!!今回の目玉はスナック「コムヨシいずむ」 

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どうも、クリスマスパーティーとかやったことないコムヨシです。

 

アナタはクリスマスに何かしていますか?

クリスマスって、キリストの生誕をお祝いする日だそうですが、キリスト教じゃない人達にもお祝いしてもらえるキリストって素敵すぎますよね。

 

クリスマスって子どもたちも大好きです。

なんかよくわかんないけど、クリスマスツリーってキレイだよね、とか。

クリスマスケーキって美味しいよね、とか。(クリスマスケーキってなんやねん)

 

ボクも小さい頃はクリスマスに憧れていました。

 

「クリスマスツリー飾ろうよ!」

「クリスマスケーキ食べようよ!」(クリスマスケーキってなんやねん)

クリスマスパーティーしようよ!」

 

それに対するボクの両親からの答えは

 

「ウチは天理教だから」

「ウチには煙突がないから、サンタさんが来れない」

 

1人の子どもの夢が崩れ落ちた瞬間でした。

 

それ以来ボクの心は荒れに荒れ、酒浸りになり、タバコにも手を染めました。

学校では暴行を繰り返し(ウソです)

 

 

というわけで【教会 DE クリスマス】開催します!!

 

 

 

今回の目玉はスナック「コムヨシいずむ」

【教会 DE ◯◯】シリーズは基本的に、子どもたちに楽しんでもらうためのスペースとして教会を提供したいということがコンセプトになっています。

 

でもそれだけじゃもったいない。大人だって楽しみたいんです。

 

じゃあ大人も楽しめるカタチにしようよ。

 

ということで、子どもたちは思い思いに楽しみつつ、大人はゆっくり美味しいお酒を飲みながら、下らない話で盛り上がる。

 

たわいない話題から、真剣な悩みを打ち明ける場であってもいい。好きなことを好きなだけ話せる、そんな雰囲気を提供していけたらいいなと思っています。

 

前回のハロウィンも大好評だったわけですが、

 

今回はさらに趣向をこらす予定です。

 

例えば、

 

前回は、神殿隣の小部屋にテーブルを配置したわけですが、やっぱり狭かった。

ある程度想定はしていたんだけど、やっぱり狭かった。

 

本当はもう少し広い部屋があればいいんだけど、どの部屋も帯に長し、たすきに短し的な部屋ばかり。神殿なんてもってのほかっていう感じでした。

 

でも今回は神殿でやります。

 

ここ数年、大教会の青年会総会前夜祭でやっている「立ち飲みBAR」や、妻の助言からヒントをいただいて、神殿の一角にスナックを設置することにしました。

 

実は今回、昼スタートにしようと思っていて、その辺りも不安はあるんですが、とりあえずやってみようと思います。

 

 

 

気になる内容は?

基本的にハロウィンと同じです。

ハロウィンの詳細はこちらから↓↓

見えた!新しい景色「教会 DE ハロウィン」レポート - com-yoshiのブログ

 

食べ物はビュッフェ的な感じに一カ所にまとめて、それぞれで自由に食べたいものを取り分けてもらいます。

神殿の真ん中辺りにテーブルを配置するので、基本的にはそこで食べてもらう。

 

スナックは、簡単な間仕切りを施して特別な空間を演出。

昼間の明るい雰囲気でもカラオケを歌いやすい空間を目指します。

 

どうも空間の魔術師、コムヨシです。

 

 

 

詳細情報

【日時】

12月23日(土)

12:00頃を目安にスタート

 

【場所】

天理教百石分教会

 

【内容】

スナック コムヨシいずむ

クリスマスプレゼント

カラオケ

など

 

【参加費】

大人 2000円(高校生以上)

子供  500円(中学生以下)

幼児    0円

 

どなたでもお越しいただけますので、興味のある方はご連絡ください!

みなさんのご来場を心よりお待ちしております!

 

 

天理教が本当に受け継いでいくべきことって何だろうか。

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どうも、コムヨシです。

 

先日天理に行って来たんですが、未だかつてないくらい素晴らしい時間を過ごすことができました。

 

大きく分けて3つです。

 

  1. ハイスタのライブに初参戦
  2. ブログの師匠である高校時代の後輩とのランチ
  3. 敬愛する先輩たちとの対談

これらの全く異なる時間に共通するのが何かというと、

 

「受け継がれるもの」

 

です。

 

アナタは何か受け継いでいるものや、コトってありますか?

 

受け継ぐべきもの、受け継がれてきたもの、受け継いできたもの、受け継ぐべきでないもの、受け継ぎたくないもの

 

今回は、ボクが体験した3つの時間を通して感じた

 

天理教がこれから受け継いでいくべきことをまとめてみようと思います。

 

 

 

1、ハイスタのライブに初参戦

先日の11月25日に、大阪城ホールで開催されたハイスタのライブに参加する事が出来ました。

このライブに参加するまでの経緯がかなりぶっ飛んでいて、是非紹介したい内容なんですが、それは別の機会にゆずることにします。

 

ベースボーカルの難波さんが

 

「音楽ってすごいね。音楽ってDNAみたいにずっと繋がってきてる。ハイスタもNOFXとかNO USE FOR A NAMEとかの影響をたくさん受けている。もっといえば、RAMONESSEX PISTOLS、CLASHに代表されるような初期パンクだったり、ビートルズビーチボーイズだっている。そうやっていろんな音楽がDNAの螺旋状のようにからまりあって、繋がれてきてる。そしてこの連鎖はとまることなくこれからもどんどん続いて行く…」

 

というような内容の話をしてくれました。

 

ボクはとても得心できたんです。

音楽に限らず、今ボクがここにいるためには、色々な存在のお陰なわけだけど、その色々な存在は例外なく繋がれてきたものなんですよね。

例えば、今ボクが来ている洋服。

急に洋服というものが誕生したわけではなく、原始時代の獣の皮を用いた服装のその時代から連綿と繋がれて、その時代の生活様式や技術革新によって様々な姿に変わって人間の生活を潤して来てくれました。そしてそれは今後も変わっていくことはないでしょう。

 

受け継がれてきたもので最も古いもの、「命」もそうでしょう。

 

この世で一番大好きな「ハイスタ」のライブでそんなことを感じる事ができました。

 

 

 

2、ブログの師匠である高校時代の後輩とランチ

ハイスタのライブに行くことが決まるまでのストーリーがハンパないんですが、参戦が決まるまでのいきさつの中で関わってくれた人たちにとにかくお礼がしたくて、ボクが自分でデザインしたオリジナルの「ハイスタTシャツ」を作ることにしたんです。

 

で、Tシャツの在庫に余裕があったので、常々お礼をしたいと思っていた後輩にもそのTシャツをプレゼントする事にしたので、天理で会う事になりました。

 

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ボクがデザインしたヤツです。左胸にワンポイントで可愛くいれちゃってます。

 

 

その後輩は、ボクのブログでも度々紹介している「あれもこれも」のブログを書いているヒサマツ氏です。ボクにブログを教えてくれた恩人です。

 

ボクは妻子がいて、天理に行く時はだいたいみんな一緒に行くんですが、今回はボク1人で行っていました。ヒサマツ氏も奥さんが熱をだしてしまったということで1人で参拝に来ていました。

 

26日の参拝を終え、お互い身軽だったので一緒にご飯を食べにいくことにしました。

 

だいたい一時間半程天理教のことについて色々話をしたんですが、その中でボクが最も印象的だった話があります。

 

教理を語るベースが変わった

その話題に行きつくまでに交わされていた会話は、「天理教教典」に関してでした。

ボクが所属している関係教会では月次祭のおつとめ終了後に必ず「教典拝読」という時間があります。

ボクは、それが当たり前だと思って育ったわけですが、どうやらそれは義務ではないということがわかりました。変な歴史だったわけです。教典自体はとても素晴らしい読み物だと思うので、読む事自体が悪い事だとは思いません。

ただ、ボクは今会長をしている教会、実家の教会、上級教会、大教会と一ヶ月に最低でも同じ章を4回も聞かなければなりません。おつとめを勤め終えてやれやれとなっている時にです。聞いた分だけ成人できるならいいけど、大抵は耳に入ってこない。

形骸化してしまっているのもあるけど、やっぱり文体が硬すぎるんですよ。

わかりづらい。

とっつきにくい。

なのでボクは、天理教の教えをもっとわかりやすく、とっつきやすくできる読み物って作れないのかな、って問いかけたんですね。

 

「そういう読み物を作る必要性はあるでしょうね」とした上で、ヒサマツ氏は次のように解説してくれました。

 

  • 今の天理教がベースとしている教理は「天理教教典」を基にしている。
  • 教典は戦後作られたものだが、それ以前は体系立った教理がなかった。
  • 権威ある教理書がなかったため、天理教は低俗な宗教という見方をされていた。
  • 教典を作るために模範にしたものがキリスト教の教義だった。
  • キリスト教の「カタチ」を真似て作っているので、表現に限界があったり、普遍的になりえない部分がある。
  • 教典ができる以前は、明治20年前後のおやさまのお話をベースに教えが説かれていた。

 

で、それがどうしたっていうことなんですが、

「あなた教」が乱立する大きな原因となっているのが、「天理教教典」だということです。

ボクもヒサマツ氏も決して「天理教教典」を非難しているのではありません。とっても素晴らしい読み物だと認識しています。そこは誤解しないでいただきたいのですが、

おやさまの時代に語られていたお話はもっともっとシンプルでわかりやすいものだったのに、時代の流れや社会性を高めるために権威の高い教義本を世の中に示す必要があったんです。

権威を高めるためには、どうしても堅いものになってしまうわけですね。

シンプルな言葉に様々な飾りがつけられて、本質がわかりづらくなってしまったっていうことなんですね。

 

ヒサマツ氏は、現代の天理教で起こってきている様々な問題の原因は、天理教の本質を見失ってしまっていることにあると言います。その原因として、教理を説く際にベースとなるものがシンプルだったおやさまのお話に代わって「天理教教典」にすり替わったことにあるといいます。

 

どちらが正しいとか、間違っているとかという話ではなく、現代の我々が何を選び何を後世に繋いでいくのかということになってきているんだと思うんです。

 

 

 

3、敬愛する先輩たちとの対談

ヒサマツ氏と別れたあと、ボクは「新☆教区青年会リーダー研修会」というものに参加しました。

教区というのは都道府県ごとに設置されている組織のことです。

ボクは青森県なので青森教区に所属しているということになります。

 

都道府県の青年会の集まりっていうことですね。

 

研修後には懇親会があるんですが、その席でボクが敬愛する先輩に会いました。

その先輩はボクを見つけるなり、

 

「久しぶり! さんのコムタンブログ見てるよ!」

 

と、挨拶してきてくれました。

 

コムタンじゃねえし、弟じゃねえし

 

という声はグッとこらえて大人の対応をしましたよ。

 

そんなことはどうでもよくて。とにかくもう、2時間くらいでしょうか。ずっと2人でしゃべりまくってました。

 

彼は、今でこそ実家の教会で会長をされてますが、数年前まではボクのようにいわゆる事情教会とよばれる会長さん不在の教会を継いでいました。

 

3人しかいなかった信者さんを、3年間で24人にまで増やしたというモンスターです。怪獣です。

 

そんなことをやってのける人なんだから、素敵な家庭環境で育ったんだろうと。スタートがボクなんかと全然違うんだと。だからこそモンスターになれたんだと。

 

そう思ってたんです。

 

でも、彼の話を聞いて彼を見る目は180度変わりました。

 

彼はモンスターでもなければ、怪獣でもなければ、

 

ただの妖怪だということ。ウソです。

 

ボクと同じただの人間だということがわかりました。

 

ボクと同じように親に対して不足を思っていて、殺意さえあったといいます。

 

そんな彼がどうやって教会を復興したのかまではタイムオーバーで聞けませんでしたが、それ以上に大切なモノを教えてくれました。

 

それが

 

親孝行・夫婦仲良くでした

 

細かい話は割愛しますが、そこからボクが感じたのは「世の中の全てのカギは夫婦関係次第」ということです。

 

子供がいうことを聞かなかったり、体調を崩しがちなのは、家の中でお母さんの機嫌が悪いからです。

でもそれはお母さんが悪いわけじゃないんです。

お父さんがお母さんを満足させてあげていないからなんです。

親子関係がスムーズにいくかどうかは、夫婦関係一つにかかっている。

 

お母さんが満たされていると、家庭は常に明るく温かいので、子どもだけでなくお父さんも外で元気よく働いてくることができます。出世します。

 

そんなお父さんが増えると、その会社はどんどんよくなるし、地域も明るく元気になります。

 

女性は性質上、夫のために尽くしたいという気持ちが備わっています。子どもを産んだ瞬間に分泌される特別なホルモンのお陰で子どもとの結びつきも元々強いんです。

 

女性は最初から頑張っているし、素晴らしい。

 

夫婦仲が上手く行かない原因はやっぱり男にある。

 

夫が妻を100%満足させる事ができれば夫婦仲は必ず上手く行く。

 

その夫婦の間で育つ子どもは100%豊かに幸せで、親孝行な子どもに勝手に育つ。

 

そんなことを感じました。

 

ボクが男としてパッとしないのは、妻を喜ばせていない自分自身に原因があったんだということに気づく事ができました。

 

 

最後に、その先輩にボクはこんな注文をしました。

 

「ボクは今、アナタから素晴らしいエッセンスを受け継ぐことができたけど、ボクはラッキーだっただけで、迷ってる人上手く行かない理由が分からない人がたくさんいるんです。その人たちのために人肌脱いでくれませんか。ブログを書いてくれませんか。あなたにはその義務がありますよ。それも人だすけですよ。」

 

すると先輩からこんなことを言われました。

 

エホバの証人に布教して、布教仕返された気分だわ」

 

と。

 

 

誰がエホバの証人やねん

 

 

というわけで、天理教が本当に受け継いでいくべきこととは

 

エホバの証人です。(ウソ)

 

妻を愛するということです。

 

 

今日も一日陽気ぐらし!!

それでもボクが天理教を続ける理由

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どうも、クソ教会長のコムヨシです。

 

今朝、出かける直前に何気なくスマホからFacebookを開くと、ボクが敬愛しているヒサマツ氏がブログを更新していたので覗いてみたんです。

 

タイトルは

 

「あなた教」

 

とても過激なタイトルでした。

まだ読まれていない方は、まずはそちらを読んでから続きを読むことをおすすめします。

気になる記事はこちらから↓↓

aremocoremo.info

ヒサマツ氏の記事を読んでみてどんな気持ちになったでしょうか。

少なくとも天理教に期待しようとは思わないのではないでしょうか。

 

旦那が天理教、嫁が天理教、親が天理教

 

だけど自分は信者でもなくて、たまに教会に行ったり天理に行ったりしている人って割合的にけっこういると思うんです。

 

そんな人がこの記事を読んだら

天理教とはこれまで通り距離をおいていくぞ!」

と、強く決意されたことと思います。

それか、もっと距離をおこうと思われたかもしれません。

 

天理教という組織はそれくらい堕落してしまっています。

ボクを含め、クソ教会長があまりにも多すぎるんですね。

 

じゃあ

 

  • なんでこんなにもクソ教会長が増殖してしまったのか
  • ボクはどう変化していくべきなのか

 

そんなことを考えてみようと思います。

 

 

 

クソ教会長が増殖した理由

なぜこれほどまでに天理教は腐ってしまったのか、思いつくまま勝手に書き出してみると

  • 代を重ねるごとに信仰的な熱心さが薄くなった?
  • そもそも世襲制的なシステムが悪い?
  • 教理を知っている(つもり)だけの頭でっかち?
  • 封建制度による上下関係?
  • 天理教とお金?
  • 理の親問題?

 

まだまだいっぱいありそうですが、自分の心がなえてくるのでこの辺にしておきます。

 

クソ教会長が増殖している原因はたくさんあるわけですが

それらの根源となっているのは、やはり現行の制度上の問題が大部分を占めているとボクは考えています。

 

制度のせいにすると、なにやら卑怯な感じに聞こえるわけですが

ボクが知りうる限り、クソ教会長の枠に入る会長さんたちが決して怠けているわけではないとい思うんです。

みんなそれぞれ、自分の信じるところを精一杯つとめていると思うんです。

得意不得意は誰にでもあるわけで、布教が得意な会長さんもいれば、そうでない会長さんもいます。

人付き合いが上手な会長さんもいれば、むしろ関係をこじらせるのが上手な会長さんもやはりいます。

 

人間だもの。

 

ボクは教会長になって来年で10周年になります。

 

生まれ育った家庭の常識が自分の常識として身に付くように、教会生活や天理教観というものも、生まれ育った環境が自分の中の絶対的な軸として身に付いてしまいます。

 

生まれ育った環境というのは、つまりは親の姿なわけです。

親から教えられた事、または親の姿がそのまま自分の常識となります。

 

小さい頃は、親の姿や親から言われる事が正しいのか間違っているのかなんてわかるはずがありません。

教えられたこと、親の背中が全てなんです。

 

ボクも例に漏れず、親の言葉、親の背中を疑うことなく「教会とはこういうもんだ、天理教ってこういうもんだ」と思って育ちました。

 

それはボクだけでなく、ボクの親もそうだったと思うんですね。

そのまた親も、教えられたことを素直に実践してきたんだろうと思うんです。

 

なので、ボクが教会長になってからは、とにかく親のマネをしていればまちがいないと確信していたし、他に方法もわからなかったからとにかくそれをやるしかなかった。

 

ボクが推察するに、クソ教会長がクソ教会長である所以は、このスパイラルに気づいているか否かが大きなポイントだと思っています。

 

間違っているのか正しいかの判断もできないほど感覚が麻痺してしまっている。

つまり、自分は正しい事をしていると信じているんです。

信者がついて来ない理由を、自分のせいだと気づかず、信者の成人が鈍いと判断してしまうんです。

自分は正しい。なぜなら会長だから。

会長は色んな講習や研修を信者よりも受けている。

だから、自分の判断や考え方は間違っていない。

だから自分は正しい。

 

会長だもの。

 

 

 

継承していたのは〝カタチ〟だけだった

 

教会同士の上下関係だったり、教会内での会長と信者という上下関係は明治の頃に出来上がった制度だったり雰囲気だと思うんです。間違ってたらごめんなさい。

 

その制度や雰囲気が100年以上たった今でも続いているというのは、もしかしたら聞こえは良いかもしれません。老舗的な。

 

でも、どんな分野でも老舗と呼ばれる企業やお店は、伝統を守りながら、その時代に合わせたシステムを採用していってると思うんです。

 

ここで問題になるのは「伝統」のとらえ方なんですね。

 

伝統となるべきものは、創業時に抱いていた理念や信条です。

 

続けてきた単なる〝カタチ〟を伝統と捉え、時代のニーズから外れるような運営の仕方をしていると、結果は火を見るよりも明らかです。

 

こんな当たり前のことに気づけない人なんていないと思っていたんですが、ボクの周りにはたくさんいます。

 

それが、クソ教会長です。

 

クソ教会長とはつまり、〝カタチ〟だけの継承を伝統と捉え、肝心な中身を受け取り損ねたばかりでなく、それに気づいても気づかないふりをして、自分は会長だから正しいと思い込み、そのスパイラルから抜け出せずにいる可哀想な人達なのです。

 

ある意味それは制度による被害者だとも思っています。

クソ教会長が全て悪いのではなく、制度がクソ教会長の増殖機械だという点も少なからずあるのです。

 

ボクは実家を離れ、親の姿を一歩引いたところで見る事ができたおかげで、そのスパイラルに気づく事ができましたが、まだまだ抜け出せていない部分がたくさんあるのだと思います。それは自分では気づけませんから。

 

だからボクはもっともっと、教会を大切に思ってくれる人達と心を通わせたいし、本音を聞きたいと思うんです。

 

みんなで一緒に教会のあるべき姿を思い描いていきたいと思っています。

 

その教会の姿は今まで誰もみたことのない景色だから、誰にも正解はわからないし、正解は一つじゃない。

そこに集まる人や、この集まりを大切に思う人によってその姿は自由に変えられるべきですよね。

この教会が何を大事にしていくのか、理念や信条はなんなのか、それを深く掘り下げ、話し合って行くことが大切なことではないでしょうか。

 

 

 

というわけで〝教会 DE クリスマス〟やります

 クソ教会長は、古い教会制度から生まれた犠牲者であることに間違いはないのですが、それがわかったところで何の解決にもなりません。

 

教会制度に問題があるならば、教会制度を改革すべきです。

でも、ボクたち一般の教会長がいくら本部に文句を言ったところで何も変わりません。

上層部にいけばいくほど信者との価値観がずれていってるからです。

つまり文句をいっても理解してもらえないんですね。

そこにエネルギーを使うのはあまりにも勿体ない。

 

ならばどうするか。

 

  • 信仰のあるべき姿
  • 教会のあるべき姿

 

これらをゼロから考える必要があります。

 

これらを考えるとき、何を判断軸にするかということがポイントです。

もちろんそれが教理です。

教理とはつまり教祖のひながたですね。

これをまずはしっかりと学ぶ必要があります。

 

「あなた教」のように、個人の悟りが教理のように説かれるということは、教理の理解が不十分だからです。

ヒサマツ氏は、そのためにとても分かりやすいブログを展開してくれているのでボクも参考にしています。↓↓

あれもこれも | ダメダメようぼくが天理教の教えを解説したりするキワモノなブログ( `・ω・´)ノ

 

しかし、教理の理解が深まり判断軸ができただけでは、信仰や教会のあるべき姿を創造していくことは難しいでしょう。

 

信仰や教会のあるべき姿を創造していく作業は、教理を展開していく作業になります。

判断軸をもとに、何をしたいのか、どこへ向かいたいのかというイマジネーションが必要です。

 

でもそれは、だれも見た事がない景色なので一朝一夕に見つかるわけではないと思うんです。

なので、こういうのはどうだろうか、こうしたら誰か喜んでくれるだろうか、誰かの役に立つだろうかと、どんどんチャレンジしていくこと

 

つまり

 

アウトプットがとても大事だということですね。

そんな教会や信仰が増えれば、クソ教会長は絶対に生まれない。

ボクは、そのモデルになれるような教会を大切な仲間たちと作って行きたいと思っているんです。

 

というわけで、ボクは

 

「教会 DE クリスマス」

 

というカタチをアウトプットしてみようと思うんです。

前回の「教会 DE ハロウィン」に続いての「教会 DE ◯◯」シリーズです。

 

今回は神殿の隅に特設スナックをオープンしようと企んでいます。その名も

 

「スナック コムヨシいずむ」

 

です。

 

ワクワクしています。

 

 

 

まとめ

ボクは天理教の教えは、世界を輝かせる力があると確信しています。

 

でも、天理教という教団が変えるわけでもなければ

教えそのものも世界を変えるわけではないと思っています。

 

あくまでも、その教えを信じて実行する人間によってのみ変えらていくと思います。

 

無論、神様が世界を変えてくれるわけありません。

神様は世界を変える法則を教えてくれるだけです。

 

自分たちの世界は自分たちでなんとかするしかないんです。

 

ボクが天理教を愛してやまないのは

 

世界が変わるかどうかも

自分が変わるかどうかも

 

結局は自分の心一つだということ

人間の心一つだということなんです

 

ボクはこれが大好きなんです。

 

どれだけ時代が変わろうとも

便利な世の中になろうとも

 

人間の心によってすべてが決まる

 

神様はその心に見合った世界を、法則にのっとって表していく

 

これが面白い。

 

だからこそ神様は絶対存在していると思う。

 

世の中から争いが無くならないのは、それが今の人間の心遣いの平均値に見合った世界を表しているからだと思うんですね。(あくまでコムヨシ教の意見です)

 

それでも人間の心は間違いなく進化していると思う。

 

だから、絶対にこの世から争いもなくなると思う。

 

一日も早くそんな素敵な世界が訪れて欲しいから、一刻も早く世界中の人間が輝く日が訪れて欲しいから

 

ボクは今日も天理教を続けようと思うんです。

 

ボクと一緒に世界を輝かしましょう!

 

今日も一日陽気ぐらし!

 

 

第9話「すべてがゼロになった時」〝思ってたんとちゃう〟教会長の日々

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どうもコム次郎こと、コムヨシです。

 

最近一気に寒くなりましたが、タイヤ交換はされましたか?

ボクは昨日の朝、慌てて(有)百石モータースで交換をしてもらいに行きました。普段は自力でなんとかかんとか交換してるんですが、時間がなかったのでやってもらうことにしました。

スタッドレスを荷台に積み込み、いざ(有)百石モータースへ!

 

工場へ着くと、整備士さん達が忙しそうに働いています。

ボクと同じ様に、慌ててタイヤ交換に来た人も多かった感じです。

 

対応してくれた整備士さんが、ボクが持ってきたスタッドレスを見るなり、

 

「これ、限界だね」

 

慌てて荷台に積み込んだので、溝がどれくらい残ってるか確認してきていませんでした。

 

最安値で提供できるのが一本3,000円とのことでした。

全く予定していませんでしたが、瀬に腹はかえられませんので全くの予定外でしたが買う事にして、ついでに全く機能していなかったワイパーも新しいものに付け替えてもらいました。

 

ワイパーをつけてくれた別の整備士さんが

 

整備士「ワイパーの箱はどうする?」

コムヨシ「あ、捨てちゃってください」

整備士「夏用のワイパーいれといたら?」

コムヨシ「夏用は持ってません。夏冬共用です!」

整備士「・・・」(絶句)

 

みなさん、車のトラブルは(有)百石モータースにお任せ!

優しい整備士さん達が、きもちよく、そして面白くアナタの愛車のトラブルを解決してくれますよ!

 

 

というわけで、第9話スタートです!

 

 

 

奉告祭の後片付け

奉告祭が終わりました

 

「さあ、やってやるぞ」

 

そんなフレッシュな感じで、本格的に会長としての生活が始まりましたが、当時は前会長夫妻が暮らしていたので、ボクは実家から通うというスタイルをとっていました。

 

大まかな片付けは、たくさんの方々のお手伝いをいただいて当日中に済ませることができましたが、細々としたことが残っていました。

 

教会に到着すると、いるはずの前会長夫妻がいません。

 

前奥さんは80歳を超えていましたが、足腰が丈夫な方でよく外出されていましたが、前会長さんは90歳近い年齢でしたし、足腰もだいぶ弱っていて歩く事もままならない感じでした。

なので、2人とも不在というのは事件の匂いがしたんですが、連絡のとりようもなかったので、とりあえず片付けを終わらせてから考える事にしました。

 

などと、考えながら片付けに取りかかった矢先

 

玄関の開く音とともに、数人の話し声が聞こえてきました。

 

どうやら2人が帰って来たようだったのは分かったんですが、2人以外の声も聞こえてきます。

 

ボクが片付けをしていた神殿に姿を現したのは、前会長夫妻と、もう一組の夫婦でした。

 

もう一組の夫婦の奥さんの方は面識がありました。

 

その奥さんは木村ゆみ(仮名)さんという方で、前奥さんの前の旦那さんの息子さんの奥さんです。

 

いきなり話がややこしくなってきましたね。

 

簡単に前奥さんのヒストリーをまとめてみましょう。

 

前奥さんは、二度の離婚と三度の結婚を経験されています。

一度目の結婚で「夏坂」、二度目で「木村」、三度目で現在の「久保」にそれぞれ名字が変わっています。

 

つまり、木村ゆみ(仮名)さんは二度目の旦那さんである、木村さんとの間に生まれた息子さんの奥さんになります。

 

なんとなくでも理解できましたでしょうか。

 

ということは、木村ゆみ(仮名)さんのとなりにいる男性は、前奥さんの息子ということになるようです。

 

話では何度も聞いていたし、電話でも一度声を聞いていたので、初対面でしたがすぐに木村哲(仮名)さんだということがわかりました。

 

普段は千葉県に住んでおられる木村夫妻でしたが、前奥さんの子どもさん達は皆なくなっているらしく、木村家の三男である哲さんしか面倒を見る人がいないのだということでした。

 

木村夫妻との簡単な挨拶を済ませるなり、木村さんから

 

「さきほど施設を訪問してきまして、来週から入るということで契約してきました」

 

というお話がありました。

前会長夫妻は、ボクが面倒をみなければならないと思っていたので、ちょっと肩の荷がおりたなという感じでいたら、さらに驚きの言葉が飛んで来ました。

 

「水道、電気、ガス、新聞なんかは全て解約しましたので、使うのであればそちらで契約し直して下さい」

 

ボクは、あまりの展開に言葉を失ってしまったんですが、必死に絞り出して次の様な質問をしてみました。

 

「あの、教会を出て行かれるのは分かったんですけど、教会を維持していくお金はどうしたらいんでしょうか」

 

あまりお金の話はしたくなかったんですが、今後の生活がかかっているのでそこはしっかり確認しておきたかったのです。すると前奥さんが、

 

「これから出て行く私たちにそんなこと関係ないでしょ!!」

 

 

え?

 

 

マジすか?

 

 

というわけで、いきなり無一文生活が始まりました。

 

 

言われた瞬間頭の中が真っ白になったんですが

 

人って面白いもので、真っ白になると自分でも想像できない思考になります。

 

思考になるというよりは、神様の言葉が頭の中に入り込んできているかのような、そんな感覚です。

 

 

「そうじ、そうじ」

 

 

ボクの頭の中には「そうじ、そうじ」という言葉が入り込んできました。

 

なるほど、これは掃除なのか。

 

お金はあるにこしたことはない。

 

でも、前会長夫妻が所持している大きなお金は、今のごとき徳の小さいボクがもてるようなお金ではないのだ、という風に考える事ができました。

 

水道やガス、電気なども、すべてゼロから初めてみろということなんだなと考える事ができました。

 

もともと、苦労をするために赴任してきたんだから、これくらいでなければ意味がないとまで思える様になりました。

 

 

と、頭では思えてもやはりお金がない生活は勇めません。

 

当時は働くということは一切考えていなかったので、これからどうやって生活していくのか本当に悩みました。

 

上級にも、実家にも頼りたくない。

 

とにかく一生懸命布教をして、頑張るしかない。

 

 

前会長夫妻が、教会を出て行くというので、通いをやめて陸奥川内分教会に住み込むことも決まりました。

 

とにかくやるしかない。

 

こうしてボクの教会生活が始まったのでした。

 

 

 

つづく

第8話「就任奉告祭当日こと」〝思ってたんとちゃう〟教会長の日々

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どうも、コムヨシです。

 

このシリーズの人気が急降下していますが、気にせずありのままをお伝えして行こうと思います。

どうか最後までおつき合い下さい。

 

前回は、奉告祭2日前にして古いのか新しいのかよくわからない畳をゲットするという急展開になりました。

 

今回は、いよいよ奉告祭についてまとめてみようと思います。

特に事件も何もありませんが、奉告祭は滅多に勤めることのないもので、どういうものなのかご存じない方が圧倒的多数だと思いますので、なんとなくでも雰囲気をつかんでもらえるように、出来る限り分かりやすく書いてみようと思います。

それではどうぞ!

 

 

 

四代会長就任奉告祭

↓の記事でも書きましたが、

第4話 「願書のハンコがもらえない!?」「会長就任儀式【お運び】」〝思ってたんとちゃう〟教会長の日々 - com-yoshiのブログ

 

ボクは、2008年3月26日付けで

天理教陸奥川内分教会四代会長に就任しました。

 

お運びと呼ばれる就任儀式の際、会長就任に関する願書と、それに伴う臨時祭典を執り行う願書を提出します。

臨時祭典というのは、毎月教会でつとめる月次祭や元旦祭、霊祭以外の祭典全般を指しています。

といっても、「奉告祭」や「◯◯周年記念祭」の二種類くらいしか聞いた事ないんですが。

 

臨時祭典願いを提出する時点で、臨時祭典を執り行う日程を明記しておく必要があります。

原則的に、臨時祭典はお運びから3ヶ月以内と決まっています。

 

ボクの場合は、5月11日(日)ということで決まりました。

 

 

 

初めて見る奉告祭が自分の奉告祭

冒頭でも述べましたが、会長就任奉告祭っていうのは当然、会長が代わる時にしか勤められないので、滅多に立ち会う事はありません。

平均的に、会長の在任期間は20年〜30年といったところだと思います。

 

仮に頻繁に他の教会の就任奉告祭があったとしても、基本的に出席するのは会長さんや奥さんだったりするわけで、教会の子どもだろうが、役員信者だろうが、招待されなければ行くことはないわけです。

 

ボクも例外ではなく、奉告祭というものを知りません。

ボクの父親が就任した時は、たしか2歳とかなので、いくらボクの記憶力がよくても奉告祭の内容までは記憶できませんでした。

 

でも、ここまで書くと、奉告祭って何やら特別なことをするみたいだな、という感じになるかもしれませんが、基本的に月次祭のそれと変わりません。

 

・おつとめして

・話し聞いて

直会

 

これだけです。

 

なんだ、同じじゃん。大した事ないじゃん。

 

そうなんです、大した事ないんです。いま思うと。

ただ、いつもより人は多くなります。お客さんも増えます。

直会も、だいたいお膳や折り弁当を注文したりするので、その辺の面倒さと、お客さんへの接待などが増えるので、そこに人手を取られたりして、いつもの月次祭の感覚でいると「人がたりない!」なんてことで慌ててしまうことになります。

 

 

 

当日の流れ

ウチの教会は駐車場がありません。

更衣室がありません。

 

ということで、歩いて100メートルくらいにある自治会館の駐車場を借りました。

更衣室は、教会に隣接している立派な空き家を一日お借りすることになりました。

 

駐車場係には実家の教会の方にお願いしました。

受付は支部内の女子青年の方にお願いしました。

おつとめ奉仕者は、ボク、前会長夫妻、信者さん4名が精一杯のところだったので、上級教会の先生方や大教会の青年会、実家の青年会の方々にお願いしました。

この形は父親の提案ではありましたが、最近になって思うのは、広く声をかけすぎたなと感じています。

おつとめは多勢で勤めるにこしたことはないけど、あまりお客さんが多すぎると誰のための奉告祭なのかわかりずらくなってしまいます。

大事な事は、人数の多い少ないではなくて、前会長さんへのねぎらいであったり、今後新しい会長を中心に新しい気持ちで進んで行くぞ!っていう気持ちを確かめる日であって、単なる新会長の就任披露宴ではないわけです。

単なる就任披露宴であれば、結婚披露宴のように招待客に対して精一杯おもてなしをすることが大切になりますが、就任奉告祭は、当該教会の信者さんがフレッシュな気持ちになることが一番大切なことなので、あまり広く声はかけない方がいいなというのがボクの今現在の考え方です。

 

駐車場や受付も他の教会の方にお願いしたわけですが、そもそもお客さんが少なければ駐車場係はもしかしたら不要だったかもしれないし、受付は必要だけど、来客が少ないと分かっていれば多少忙しくなるけど自分たちでやることもできました。

 

だいぶ話がそれました。

当時を思い出しながら書いていると、「あ、あのときこうだったな」「そういえばこんなこともあったな」なんてことが出て来て、それまくります。

 

 

時間になり、いよいよ祭典が始まりました。

普段の月次祭のように、客間に挨拶に向かいます。

当日は、大教会長夫妻、教区長、上級会長を客間にご案内していました。

来賓に向かい、これから祭典を始める旨を申し上げるのですが、なぜかすでに涙声になっているボク。

緊張で震えているのか、感動でないているのか自分でもよくわからない感覚でした。

 

祭儀式が始まり、祭文奏上。

この時も自分でも引くくらい声が震えていて、緊張なのか感動なのかよくわからない感じ。まあ、どっちもかな。

 

雇者は、当時70代後半と60代後半のおばあちゃんが勤めてくれましたが、どちらも初めての雇者で、一週間程毎晩練習しました。

なんどやっても完璧にできたことはなかったのですが、当日はウソかと思うくらい2人とも完璧に、しかもノーミスでこなしてくれました。

60代のおばあちゃんは、お運びに行く一週間程前に初めてお会いした方で、前会長さんの姪っ子に当たります。

奉告祭に参拝してもらうようお願いに行ったのですが、とても暗い顔をされていて

「会長交代を機に天理教をやめるつもりなので、参拝はしません」

 

寝耳に水とはこのことで、教会としても一番頼りにしていたらしい家だったので、参拝できないだけでなく、天理教をやめようとしていたなんて想像もできませんでした。

 

その数日後、教会周辺の神名流しを終えて教会に戻ってくると、久保ツエさん(前奥さん)が嬉しそうにボクのところにこられて

 

「さっき電話があってね、レイちゃん(60代のおばちゃん)が天理教続けるって言ってくれたよ! 奉告祭も参拝してくれるんだって! よかったね〜」

 

ボクは嬉しくて、レイさんの家まで飛んで行き、お礼を伝えました。

レイさんは

「あなたの頑張ってる姿をみて、ワタシも頑張ろうって思えたのよ」

と言って下さいました。

 

実は、神名流しのルートはレイさんの家の前も通るため、ボクの神名流しの様子が見えていたようです。その日は猛吹雪の日だったので、それもよかったのかもしれません。

 

また話がそれましたが

 

そんな経緯もあってか、雇者2人の祭儀式の勤めぶりは本当に感動的で、ありがたいなあと思いました。

 

祭儀式も終わり、おつとめも無事に終わりました。

 

大教会長さんから祝辞をいただき、いよいよ会長の挨拶です。ボクの今日一番の見せ所です。

 

不整脈が原因で会長になったこと

・信者さんと力を合わせて頑張っていきたい

 

そんなことを伝えたと思いますが、やはり胸がいっぱいになって上手く話す事ができませんでした。

 

直会も盛況に終わり、成功だったのか不成功だったのか自分でもよくわからない感覚の中で、とりあえず、一大イベントが終わったことにホッとしながら、上級教会で開かれる二次会もほどほどに切り上げ、布団に入りました。

 

2日後に起こる大事件など夢にも思わずに。。。