com-yoshiのブログ

現役の天理教教会長による、ぶっ飛びな天理教のお話や、だらけきった信仰体験談を通して、アナタのココロの筋力アップをサポートします。

第9話「すべてがゼロになった時」〝思ってたんとちゃう〟教会長の日々

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どうもコム次郎こと、コムヨシです。

 

最近一気に寒くなりましたが、タイヤ交換はされましたか?

ボクは昨日の朝、慌てて(有)百石モータースで交換をしてもらいに行きました。普段は自力でなんとかかんとか交換してるんですが、時間がなかったのでやってもらうことにしました。

スタッドレスを荷台に積み込み、いざ(有)百石モータースへ!

 

工場へ着くと、整備士さん達が忙しそうに働いています。

ボクと同じ様に、慌ててタイヤ交換に来た人も多かった感じです。

 

対応してくれた整備士さんが、ボクが持ってきたスタッドレスを見るなり、

 

「これ、限界だね」

 

慌てて荷台に積み込んだので、溝がどれくらい残ってるか確認してきていませんでした。

 

最安値で提供できるのが一本3,000円とのことでした。

全く予定していませんでしたが、瀬に腹はかえられませんので全くの予定外でしたが買う事にして、ついでに全く機能していなかったワイパーも新しいものに付け替えてもらいました。

 

ワイパーをつけてくれた別の整備士さんが

 

整備士「ワイパーの箱はどうする?」

コムヨシ「あ、捨てちゃってください」

整備士「夏用のワイパーいれといたら?」

コムヨシ「夏用は持ってません。夏冬共用です!」

整備士「・・・」(絶句)

 

みなさん、車のトラブルは(有)百石モータースにお任せ!

優しい整備士さん達が、きもちよく、そして面白くアナタの愛車のトラブルを解決してくれますよ!

 

 

というわけで、第9話スタートです!

 

 

 

奉告祭の後片付け

奉告祭が終わりました

 

「さあ、やってやるぞ」

 

そんなフレッシュな感じで、本格的に会長としての生活が始まりましたが、当時は前会長夫妻が暮らしていたので、ボクは実家から通うというスタイルをとっていました。

 

大まかな片付けは、たくさんの方々のお手伝いをいただいて当日中に済ませることができましたが、細々としたことが残っていました。

 

教会に到着すると、いるはずの前会長夫妻がいません。

 

前奥さんは80歳を超えていましたが、足腰が丈夫な方でよく外出されていましたが、前会長さんは90歳近い年齢でしたし、足腰もだいぶ弱っていて歩く事もままならない感じでした。

なので、2人とも不在というのは事件の匂いがしたんですが、連絡のとりようもなかったので、とりあえず片付けを終わらせてから考える事にしました。

 

などと、考えながら片付けに取りかかった矢先

 

玄関の開く音とともに、数人の話し声が聞こえてきました。

 

どうやら2人が帰って来たようだったのは分かったんですが、2人以外の声も聞こえてきます。

 

ボクが片付けをしていた神殿に姿を現したのは、前会長夫妻と、もう一組の夫婦でした。

 

もう一組の夫婦の奥さんの方は面識がありました。

 

その奥さんは木村ゆみ(仮名)さんという方で、前奥さんの前の旦那さんの息子さんの奥さんです。

 

いきなり話がややこしくなってきましたね。

 

簡単に前奥さんのヒストリーをまとめてみましょう。

 

前奥さんは、二度の離婚と三度の結婚を経験されています。

一度目の結婚で「夏坂」、二度目で「木村」、三度目で現在の「久保」にそれぞれ名字が変わっています。

 

つまり、木村ゆみ(仮名)さんは二度目の旦那さんである、木村さんとの間に生まれた息子さんの奥さんになります。

 

なんとなくでも理解できましたでしょうか。

 

ということは、木村ゆみ(仮名)さんのとなりにいる男性は、前奥さんの息子ということになるようです。

 

話では何度も聞いていたし、電話でも一度声を聞いていたので、初対面でしたがすぐに木村哲(仮名)さんだということがわかりました。

 

普段は千葉県に住んでおられる木村夫妻でしたが、前奥さんの子どもさん達は皆なくなっているらしく、木村家の三男である哲さんしか面倒を見る人がいないのだということでした。

 

木村夫妻との簡単な挨拶を済ませるなり、木村さんから

 

「さきほど施設を訪問してきまして、来週から入るということで契約してきました」

 

というお話がありました。

前会長夫妻は、ボクが面倒をみなければならないと思っていたので、ちょっと肩の荷がおりたなという感じでいたら、さらに驚きの言葉が飛んで来ました。

 

「水道、電気、ガス、新聞なんかは全て解約しましたので、使うのであればそちらで契約し直して下さい」

 

ボクは、あまりの展開に言葉を失ってしまったんですが、必死に絞り出して次の様な質問をしてみました。

 

「あの、教会を出て行かれるのは分かったんですけど、教会を維持していくお金はどうしたらいんでしょうか」

 

あまりお金の話はしたくなかったんですが、今後の生活がかかっているのでそこはしっかり確認しておきたかったのです。すると前奥さんが、

 

「これから出て行く私たちにそんなこと関係ないでしょ!!」

 

 

え?

 

 

マジすか?

 

 

というわけで、いきなり無一文生活が始まりました。

 

 

言われた瞬間頭の中が真っ白になったんですが

 

人って面白いもので、真っ白になると自分でも想像できない思考になります。

 

思考になるというよりは、神様の言葉が頭の中に入り込んできているかのような、そんな感覚です。

 

 

「そうじ、そうじ」

 

 

ボクの頭の中には「そうじ、そうじ」という言葉が入り込んできました。

 

なるほど、これは掃除なのか。

 

お金はあるにこしたことはない。

 

でも、前会長夫妻が所持している大きなお金は、今のごとき徳の小さいボクがもてるようなお金ではないのだ、という風に考える事ができました。

 

水道やガス、電気なども、すべてゼロから初めてみろということなんだなと考える事ができました。

 

もともと、苦労をするために赴任してきたんだから、これくらいでなければ意味がないとまで思える様になりました。

 

 

と、頭では思えてもやはりお金がない生活は勇めません。

 

当時は働くということは一切考えていなかったので、これからどうやって生活していくのか本当に悩みました。

 

上級にも、実家にも頼りたくない。

 

とにかく一生懸命布教をして、頑張るしかない。

 

 

前会長夫妻が、教会を出て行くというので、通いをやめて陸奥川内分教会に住み込むことも決まりました。

 

とにかくやるしかない。

 

こうしてボクの教会生活が始まったのでした。

 

 

 

つづく

第8話「就任奉告祭当日こと」〝思ってたんとちゃう〟教会長の日々

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どうも、コムヨシです。

 

このシリーズの人気が急降下していますが、気にせずありのままをお伝えして行こうと思います。

どうか最後までおつき合い下さい。

 

前回は、奉告祭2日前にして古いのか新しいのかよくわからない畳をゲットするという急展開になりました。

 

今回は、いよいよ奉告祭についてまとめてみようと思います。

特に事件も何もありませんが、奉告祭は滅多に勤めることのないもので、どういうものなのかご存じない方が圧倒的多数だと思いますので、なんとなくでも雰囲気をつかんでもらえるように、出来る限り分かりやすく書いてみようと思います。

それではどうぞ!

 

 

 

四代会長就任奉告祭

↓の記事でも書きましたが、

第4話 「願書のハンコがもらえない!?」「会長就任儀式【お運び】」〝思ってたんとちゃう〟教会長の日々 - com-yoshiのブログ

 

ボクは、2008年3月26日付けで

天理教陸奥川内分教会四代会長に就任しました。

 

お運びと呼ばれる就任儀式の際、会長就任に関する願書と、それに伴う臨時祭典を執り行う願書を提出します。

臨時祭典というのは、毎月教会でつとめる月次祭や元旦祭、霊祭以外の祭典全般を指しています。

といっても、「奉告祭」や「◯◯周年記念祭」の二種類くらいしか聞いた事ないんですが。

 

臨時祭典願いを提出する時点で、臨時祭典を執り行う日程を明記しておく必要があります。

原則的に、臨時祭典はお運びから3ヶ月以内と決まっています。

 

ボクの場合は、5月11日(日)ということで決まりました。

 

 

 

初めて見る奉告祭が自分の奉告祭

冒頭でも述べましたが、会長就任奉告祭っていうのは当然、会長が代わる時にしか勤められないので、滅多に立ち会う事はありません。

平均的に、会長の在任期間は20年〜30年といったところだと思います。

 

仮に頻繁に他の教会の就任奉告祭があったとしても、基本的に出席するのは会長さんや奥さんだったりするわけで、教会の子どもだろうが、役員信者だろうが、招待されなければ行くことはないわけです。

 

ボクも例外ではなく、奉告祭というものを知りません。

ボクの父親が就任した時は、たしか2歳とかなので、いくらボクの記憶力がよくても奉告祭の内容までは記憶できませんでした。

 

でも、ここまで書くと、奉告祭って何やら特別なことをするみたいだな、という感じになるかもしれませんが、基本的に月次祭のそれと変わりません。

 

・おつとめして

・話し聞いて

直会

 

これだけです。

 

なんだ、同じじゃん。大した事ないじゃん。

 

そうなんです、大した事ないんです。いま思うと。

ただ、いつもより人は多くなります。お客さんも増えます。

直会も、だいたいお膳や折り弁当を注文したりするので、その辺の面倒さと、お客さんへの接待などが増えるので、そこに人手を取られたりして、いつもの月次祭の感覚でいると「人がたりない!」なんてことで慌ててしまうことになります。

 

 

 

当日の流れ

ウチの教会は駐車場がありません。

更衣室がありません。

 

ということで、歩いて100メートルくらいにある自治会館の駐車場を借りました。

更衣室は、教会に隣接している立派な空き家を一日お借りすることになりました。

 

駐車場係には実家の教会の方にお願いしました。

受付は支部内の女子青年の方にお願いしました。

おつとめ奉仕者は、ボク、前会長夫妻、信者さん4名が精一杯のところだったので、上級教会の先生方や大教会の青年会、実家の青年会の方々にお願いしました。

この形は父親の提案ではありましたが、最近になって思うのは、広く声をかけすぎたなと感じています。

おつとめは多勢で勤めるにこしたことはないけど、あまりお客さんが多すぎると誰のための奉告祭なのかわかりずらくなってしまいます。

大事な事は、人数の多い少ないではなくて、前会長さんへのねぎらいであったり、今後新しい会長を中心に新しい気持ちで進んで行くぞ!っていう気持ちを確かめる日であって、単なる新会長の就任披露宴ではないわけです。

単なる就任披露宴であれば、結婚披露宴のように招待客に対して精一杯おもてなしをすることが大切になりますが、就任奉告祭は、当該教会の信者さんがフレッシュな気持ちになることが一番大切なことなので、あまり広く声はかけない方がいいなというのがボクの今現在の考え方です。

 

駐車場や受付も他の教会の方にお願いしたわけですが、そもそもお客さんが少なければ駐車場係はもしかしたら不要だったかもしれないし、受付は必要だけど、来客が少ないと分かっていれば多少忙しくなるけど自分たちでやることもできました。

 

だいぶ話がそれました。

当時を思い出しながら書いていると、「あ、あのときこうだったな」「そういえばこんなこともあったな」なんてことが出て来て、それまくります。

 

 

時間になり、いよいよ祭典が始まりました。

普段の月次祭のように、客間に挨拶に向かいます。

当日は、大教会長夫妻、教区長、上級会長を客間にご案内していました。

来賓に向かい、これから祭典を始める旨を申し上げるのですが、なぜかすでに涙声になっているボク。

緊張で震えているのか、感動でないているのか自分でもよくわからない感覚でした。

 

祭儀式が始まり、祭文奏上。

この時も自分でも引くくらい声が震えていて、緊張なのか感動なのかよくわからない感じ。まあ、どっちもかな。

 

雇者は、当時70代後半と60代後半のおばあちゃんが勤めてくれましたが、どちらも初めての雇者で、一週間程毎晩練習しました。

なんどやっても完璧にできたことはなかったのですが、当日はウソかと思うくらい2人とも完璧に、しかもノーミスでこなしてくれました。

60代のおばあちゃんは、お運びに行く一週間程前に初めてお会いした方で、前会長さんの姪っ子に当たります。

奉告祭に参拝してもらうようお願いに行ったのですが、とても暗い顔をされていて

「会長交代を機に天理教をやめるつもりなので、参拝はしません」

 

寝耳に水とはこのことで、教会としても一番頼りにしていたらしい家だったので、参拝できないだけでなく、天理教をやめようとしていたなんて想像もできませんでした。

 

その数日後、教会周辺の神名流しを終えて教会に戻ってくると、久保ツエさん(前奥さん)が嬉しそうにボクのところにこられて

 

「さっき電話があってね、レイちゃん(60代のおばちゃん)が天理教続けるって言ってくれたよ! 奉告祭も参拝してくれるんだって! よかったね〜」

 

ボクは嬉しくて、レイさんの家まで飛んで行き、お礼を伝えました。

レイさんは

「あなたの頑張ってる姿をみて、ワタシも頑張ろうって思えたのよ」

と言って下さいました。

 

実は、神名流しのルートはレイさんの家の前も通るため、ボクの神名流しの様子が見えていたようです。その日は猛吹雪の日だったので、それもよかったのかもしれません。

 

また話がそれましたが

 

そんな経緯もあってか、雇者2人の祭儀式の勤めぶりは本当に感動的で、ありがたいなあと思いました。

 

祭儀式も終わり、おつとめも無事に終わりました。

 

大教会長さんから祝辞をいただき、いよいよ会長の挨拶です。ボクの今日一番の見せ所です。

 

不整脈が原因で会長になったこと

・信者さんと力を合わせて頑張っていきたい

 

そんなことを伝えたと思いますが、やはり胸がいっぱいになって上手く話す事ができませんでした。

 

直会も盛況に終わり、成功だったのか不成功だったのか自分でもよくわからない感覚の中で、とりあえず、一大イベントが終わったことにホッとしながら、上級教会で開かれる二次会もほどほどに切り上げ、布団に入りました。

 

2日後に起こる大事件など夢にも思わずに。。。

 

【夢占い】断崖絶壁から見えた新しい景色②

どうも夢見がちな男、コムヨシです。

前回からだいぶ時間がたってしまいましたが、続きを公開します。

 

前回の話を忘れた方、初めて来られた方はこちらからどうぞ↓↓

【夢占い】断崖絶壁から見えた新しい景色① - com-yoshiのブログ

 

 

有名人が集うサロンのオフ会

校舎の中は、キャンプ場にあるログキャビンのような内装でした。

その中には20人程いました。

全くの初対面で、誰1人顔も覚えていないんですが、感覚的にはみんな会った事があるような感じで、さらに、それぞれの分野で一流の人達ばかりという認識の方々でした。

 

その中の1人は、プロジェクターを用いながら何かを一生懸命ボクに教えてくれています。しかも、仕事中の大切なお昼休みの時間を削ってまで、ボクのために時間を割いてくれました。

そして別のテーブルでは、ボクのパソコンに色々と貴重なデータをインストールしてくれています。本来ボクが自分でやらなきゃいけないことなのに、3人くらいの人がボクのために作業してくれていました。

やってあげてる感もなく、やらされてる感もなく、自分がやりたいからやる、そういう感じの空間でした。

それがとても心地よかったです。

 

なぜか知らない人のパーティーにあなたが出席する夢は、あなたの元に楽しい事や嬉しい知らせがやってくる幸運の知らせです。人間関係が広がるような出来事があったり、人見知りなのにたくさんの人とのつながりができるかもしれません。

 

人間関係が広がるなんて素敵すぎますよね。

でも、今ボクがやりたいなと思っていることが実現出来れば、もしくはそこに向かってある程度軌道に乗れれば、間違いなく人間関係は広がるでしょうね。

そんな未来を楽しみに頑張って行きたいっす。

 

 

 

「めっちゃ面白い人なんです」

場面は、実家の教会に移ります。ボクの大切な仲間である、大向けんた君が、よその教会の信者になったという情報が届きました。

それがどういう経緯で届いたのかは忘れたのですが、その情報は間違いのない事実のようでした。

その日は、月次祭でした。

みんなおつとめ着に着替えて、さあそろそろ始めようかという時、神殿にいくとなんの準備もされておらず、焦って準備をしていました。

 

月次祭が始まった頃、噂の大向けんた君が参拝に来ました。

ボクのとなりに来て一緒に参拝していたけんた君に、思い切って聞いてみました。

 

ボク「◯◯さんのとこに行ったんだって?」

けんた「そうなんすよ、めっちゃ面白い人なんですよね〜」

 

ボクは、所属変更どうのこうのを言おうかと思ったんですが、ボク自身が、教会とか組織に縛られてはいけないと感じていたので、そんな野暮な質問はしませんでした。

 

ただ、やっぱり今まで一緒にやってきた仲間が別の教会へ行くというのは、悔しいというか悲しいというか、寂しいというか、そんな切ない気持ちになりつつも、大切な事はよりよい環境で信仰を続ける事であり、その環境を誰かに提供していくことだと思うので、彼のその選択に喜びつつ、その狭間で葛藤していました。

 

大切な友人や恋人と別れるのは、夢占いでは逆夢と解釈されます。

一生を共にするような友人に恵まれたり、お付き合いをしている相手との絆や愛情が更に深まる事を夢占いは教えてくれています。

現実があまりに幸福で満たされているので、その幸福を失う事を恐れる気持ちが別れるという夢となって表れたのでしょう。

友人や恋人との間にちょっとした波風くらいはあるかもしれませんが、心配する事はありません。結果的に雨降って地固まるの諺通り、より一層絆が深まる事でしょう。

 

ボクの母親は、根拠がいたって不明な夢占いをする人なんですが、母親から聞いた話によると、夢に教会の神殿が出てくるというのは神様からのメッセージ性が極めて強いのだそうです。

今回はその説を採用してみましょう。

ボクの大切な仲間である、大向けんた君とのある種の別れを経験したわけですが、その情報を得たのも、けんた君とのやりとりがあったのも、教会でした。

けんた君との関わりが、教会の今後を大きく左右するというメッセージなのでしょうか。

 

 

 

まとめ

2回にわたってまとめてみましたが、いかがだったでしょうか。

 

・目標に向かってそれなりに努力はしているけれど、これまでのやり方では立ち行かなくなる。

まわりの言う事を素直に受け、自分をオープンにしていくと、自分を助けてくれる人が現れる。

・新しい事へ挑戦するための気力は十分だけど、それを達成させるための体力が伴っていないという感じでしょうか。焦らず、しっかりと盤石な体制を整えて、先を楽しみに、過去のわだかまりもすっきりさせて。

今ボクがやりたいなと思っていることが実現出来れば、もしくはそこに向かってある程度軌道に乗れれば、間違いなく人間関係は広がるでしょう

けんた君との関わりが、教会の今後を大きく左右するというメッセージなのでしょうか。

 

という感じになりました。

いずれにせよ、これからボクの周囲が大きく変わって行くというイメージをもちました。

当たり前のことですが、たまたま周りが変わるということはあり得なくて、周りが変わる、もしくは変わった様に感じるっていうのは、実は自分自身が変わったからなんですね。

夢にも表れているように、とにかく現状を打破したいという願望が強くあります。

でもそれを実現できるかどうかは、誰でもないボク自身なんだということを、今回の夢を通じて改めて感じる事ができました。

 

あなたはどんな感想をもったでしょうか。

よければ感想を聞かせて下さい!

 

ではまた!

 

【夢占い】断崖絶壁から見えた新しい景色①

どうも夢見る男、コムヨシです。

 

アナタは寝てる間、夢を見るほうですか?

ボクはすごく見ます。

 

自分の見た夢をネットで検索して分析して、その内容を記事にするということをはじめてから、夢をみるのが楽しみになってきています。

 

夢はその人の精神状態や、これからの未来を暗示しているというのはよく知られていると思います。

 

なぜ楽しみになってきているかというと、起きたあともずっと記憶に残る夢が、明らかに自分が新しい境地へ向かっているかような夢ばかりだからです。

 

2日程前にみた夢も正にそんな内容でした。

 

今回も詳しく分析していきたいと思います。

 

 

 

みんな車なのに、ボクだけ自転車で向かっている

夢のスタートは、普段よく通る道路を自転車にのって走っているところから。

でも、自転車に乗っているのはボクだけで、後から車がどんどんボクを追い越して行きます。

自転車に乗っているのがボクだけというか、車道をボクが走っていただけかもしれません。

自動車専用道路だったからなのか、ついてけないからだったのかわかりませんが、ボクはその道路をそれて細めの道に入って行きました。

しばらく走るとフェンスがずらっと並び、行き止まりになってしまいます。

フェンスを越えることはわけないのですが、フェンスの向こうは1メートル程の川が横たわり、その向こうには更にフェンスがあります。

 

ボクはなんとかしてそのフェンスを越えようと、まずは自転車を向こうのフェンス側めがけて投げ飛ばそうとするんですが、手から離れません。届きそうで届かない。

なんとかしようともがきつつも、やはり無理だと諦め、別の道を探す事にしました。

 

すると、70代くらいの白髪で角刈りのおじいさんが新しい道まで案内してくれました。

 

  向かい風の中を自転車で進む夢や上り坂を自転車で進む夢は、あなたが環境の悪化や身近な人との間のトラブルに負けない十分な実力を備えているため、これらに負けずに前進できることを暗示しています。 しかし、向かい風に負けて進めない夢や急な上り坂に負けて進めない夢であれば、あなたの問題解決能力や折衝力が未熟であるため、いくら努力しても前進できないことを示唆する警告夢です。 逆境に負けない問題解決能力や折衝力を身につける努力をしましょう。 特に、あなたが必死に立ち漕ぎをしても向かい風やな上り坂に負けて進めない夢であれば、あなたが必死で努力していることを示唆していますが、努力する方向が間違っている可能性がありますので、 アプローチ方法や問題解決方法など、努力する方向を見直してみましょう。

 

行き止まりの道の夢は計画の達成の見込みがなくなる事を暗示しています。

目当てにしていた計算が狂い一気に追い込まれる事になるかもしれません。

その先に道がない以上進みようがないのですから、失敗にしがみつかずに新しい事に目を向けた方が良いという事を伝えてきています。

一度たてた計画を変更するというのは気が進まないかもしれませんが、今は臨機応変に対応するべきと言う事になります。

 

 

フェンスは、自他の境界を意味します。フェンスの中は自分、フェンスの外は他人や周囲の環境などを表します。吉夢の場合は、他人に対してオープンになれることを意味しています。まわりの人の言うことを素直に受け入れられるようになり、性格も明るくなりそうです。何よりも、あなた自身が自分を愛せるようになることが、一番の幸せでしょう。

 

 道を案内されるまたは、連れて行かれる夢とは

あなたが誰かを、導く事。

という事を示している。

夢占いでは、現実とは正反対の意味を持つものも少なくない。

この道案内を、あなたがされている場合は、現実では、あなたが誰かをどこかに導くことを意味しているのだ。

 これは、案内してくれている相手があなたに近しい人なら、その人を引っ張り、リーダー的な存在になることを暗示する。

案内される場所は、普通の場所なら何でもよい。

案内されて気持ちの悪い所は、逆の働きになるだろう。

 まとめてみると、目標に向かってそれなりに努力はしているけれど、これまでのやり方では立ち行かなくなる。

まわりの言う事を素直に受け、自分をオープンにしていくと、自分を助けてくれる人が現れる。

そんなところでしょうか。面白いですね。

 

 

 

壊れたジェットコースター

新しい道に出ると、ボクはジェットコースターに乗っていました。

ボクの他に5、6人乗っていました。

ジェットコースターが線路の踏切に到着したところで、止まってしまいました。

乗っていたボクらは何がなんだかわからなくて困っていると、踏切の奥から40代くらいの元気な青年が現れ

 

「お前らの覚悟はそんなもんかー!!」

 

と、またもわけがわかりません。

ただ、なんとなく自分で動かしてみろという意味にとれたので、体をめいいっぱい動かしてジェットコースターが動かすと、目の前が急に下り坂になり、勢い良く下っていきます。

そこを抜けると、目の前にはイグアスの滝を彷彿させるような大きな滝が現れ、ジェットコースターは断崖絶壁で停車します。

基本的に高所恐怖症のボクですが、全く恐くありません。

コースターを降りて、スマホで滝の写真を撮り始めました。

スマホの画面には滝と一緒に、クリオネのようなキャラクターが勝手に映り込んでいます。

とても楽しかったですね。

 

滝のそばには、校舎のようなものも見えます。

気がつくとボクはその校舎のような建物の中にいました。

 

本来ジェットコースターにはあるまじきノロノロした動きをしているのなら、それは貴方の体力が低下しているという夢占いになります。ジェットコースターとは本来、高みから一気に引力に引かれてレール上を猛スピードで疾走する遊具。それがノロノロとしか走れないという事は、こんな筈じゃない…思うように成果が上がらない…という焦りやもどかしさが表れているのです。ジェットコースターには元々溜めポイントも存在します。其処ではスピードも程好く落ち、今まで怖くてギュッと瞑っているだけだった目を開け、周囲を見回す余裕も出来ます。またスピードアップする時の為に、今を楽しみつつ前に進みなさいと夢占いは教えてくれているのです。

 

 踏切の夢の意味は、「制約・抑圧・自制心・道徳心」を象徴しています。

踏切に欠かせない要素は、「道路・線路・電車」ではないでしょうか。

夢占いでこの「道路・線路・電車」三つは人生を象徴するものと解釈されています。

人生に欠かせないのが「制約・抑圧・自制心・道徳心」このようなことですよね。

人は皆、社会的な制約や抑圧であったり、自らを縛る自制心や道徳心の影響を受け生きています。

このようなことから、踏切の夢は良くも悪くも「あなたを縛っているものを象徴」しているとイメージしてください。

例えば、未成年の人が踏切の夢を見たら、自分がやりたいと思うことを周囲に反対する人が存在する。

反対する存在は、おもに親であることがほとんど。

このように何らかの制約や制限のようなものをかけられ、葛藤を抱えストレスをあらわす場合があります。

また、踏み切る、という言葉がありますよね。

踏切の夢を見る人の傾向としては、「何かやりたいことがある」ことが多い。

たとえば、「結婚に踏み切る」このように決心を固め、実行に移した際に「踏み切る」と言われるように、踏切の夢は、決心や実行をあらわすケースがあります。

 

 夢占いで滝を見るのは、貴方の気力や体力が高まっている事を意味しています。調子が良い為か、深く考えずつい感情のまま動き易い時機ですので注意してください。見ている滝が水量が多く豪快な様だったなら、貴方の中の気力は十分満たされているという夢占いです。何かトラブルを抱えていたとしても直ぐに解決する事が出来るでしょう。

 

 

 自分が写真を撮っている夢は、現在の周りの状況や人間関係にもっと集中する必要があることを示唆しています。自分でも気づかないうちに、それまで平穏だった生活にずれが生じてきているというサインです。

過去に起こった出来事によりギクシャクした他人との関係性があるのなら、それを見直す必要があるのかもしれません。

すでに起こってしまったこととして諦めている出来事があるなら、今一度修正を試みる必要があるかもしれません。その小さなわだかまりが解ければ、 晴れてすっきりとした気持ちになるでしょう。

 新しい事へ挑戦するための気力は十分だけど、それを達成させるための体力が伴っていないという感じでしょうか。焦らず、しっかりと盤石な体制を整えて、先を楽しみに、過去のわだかまりもすっきりさせて、こんな感じかな。

 

 ちょっと長くなったので、パート②に続きを書きます。

今回はこれまで。

第7話「古くて新しい畳」〝思ってたんとちゃう〟教会長の日々

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どうも、コムヨシです。

 

前回、恐喝容疑の真相を解明しました。

今回は就任奉告祭数日前の出来後を書いてみようと思います。

 

 

 

畳みふき掃除

就任奉告祭の2日くらい前だったと思うんですが、上級の信者さんたちが来て下さり掃除を手伝ってくれました。

 

草が生えまくっていた庭をキレイにしてもらったり

神殿内外を隅々までキレイにしていってくれました。

 

大変だったというか苦労したのが、神殿の畳拭き掃除でした。

神殿の畳といっても、畳の上に敷いてあったゴザです。

何年間つかっていたのか分かりませんが、拭けば拭く程ボロボロとなってしまい、掃除をしているのか汚しているのか、分からないような状態でした。

 

畳を新しく出来れば最高ですが、ご存知の通り畳は高額です。

一畳1万円くらいが相場でしょうか。

 

神殿は横が5間の縦が3間半なので畳が35枚になります。

35万は無理ですね。

しかもあと2日でどうにかなるわけでもないでしょうし。

 

ゴザを新しくするにも、ボクは仕事をしたことがないので貯金なんてありませんし、教会のお金もありません。あるのは前会長夫妻のお金だけです。

 

前会長夫妻に相談すればよかったんでしょうが、恐喝容疑の件もあってか、あまりお金の話はしたくありませんでした。

なので、とにかくゴザを少しでもキレイにするということを意識して、手伝いに来て下さった方々と一緒に、畳(ゴザ)を2度3度と拭きまくりました。

 

 

 

「ゴザは外したほうがいいわよ」

やれやれ、ようやくそれなりにキレイになったなあとみんなで話をしながら休憩していると、久保ツエさん(前奥さん)が部屋から出てきました。

 

掃除をしてくれている人達に一通りお礼をしながら、たたみ拭きチームのところにやってきました。

 

久保さん「あらー、このゴザ拭いたの〜?」

 

ボク「新しく買えないので少しでもキレイにしようと思いまして」

 

久保さん「ゴザの下の畳は新しいから、ゴザは外した方がいいわよ」

 

ボク「はい????」

 

久保さん「10年くらい前に畳を全部新しくしたのよ」

 

ボク「はい〜?????」

 

久保さん「新しい畳がもったいないから、何かある時のためにゴザを敷いておいたのよ。だからゴザは外したらいいわよ。」

 

ボク「・・・・・・・」

 

 

正に絶句でした。

 

手伝いをしてくれた人達も完全に失笑です。

今までの数時間はいったいなんだったのだ。的な。

 

ゴザをめくってみると、たしかに畳が青い。

でも、日に焼けている部分と青い部分のギャップがひどい。

 

キレイなのか汚いのか微妙な存在感。

 

せっかくの新しい畳にゴザを敷くという前代未聞の珍事。

 

わかっていることは、ゴザを外したら10年間分の汚れと格闘しなければならないということでした。

 

その日の掃除は午前中でだいたい片付いたので、みなさんにはお昼で帰っていただきました。

 

残ったボク1人、ゴザを外すか残すかで迷っていました。

 

ゴザを外せば、それなりにいい状態の畳が手に入る。

 

しかし、ボク1人で10年間分の汚れを落とせるだろうか。

これから誰かに頼むのも忍びない。そんな勇気もない。

 

でも、喉から手が出るほど欲しかった新しい畳を目の前にして、自分の労力を惜しんで後々後悔するくらいなら、やって後悔しよう。

 

よし、やるか。やりたくないけど。

 

ゴザを剥がし、バケツに水を汲んで来ます。

 

畳一枚吹き上げるのに何回バケツの水をかえたことか。

本当に終わるんだろうか。

ボクはとんでもないものに手をだしてしまったのではないだろうか。

明日はお供え物の準備やら最終的な打ち合せやら、細々とした準備が山積している。

やるんじゃなかったな。

そんな後悔をしながら、あとに引けない状況と久保ツエさんの一言を恨みながら、ひたすら拭き続けました。

 

午後一から始めて、ようやく先が見えた頃にはあたりはすっかり暗くなっていました。

 

とりあえず終われた。

 

 

 

原因と結果

畳を拭き続けた数時間は、正に自分との闘いでしたが、同時に自分自身ときっちり向き合う事ができた時間にもなりました。

 

この世に偶然というものは一つもなく、身に起こってくることは全てが必然です。

信じられないような奇跡も、それは起こるべくして起こったのであり、たまたまというものはこの世に一切ありません。

 

良いことも、都合の悪いことも、すべて自分の行動と思考の結果です。

この世は常に原因と結果で成り立っていて、その連続で自分の運命が作られていきます。心が変われば運命がかわるというのはそういうことなんですね。

 

なぜこのタイミングで新しい畳の存在を知らねばならなかったのか、ボクが一人で数時間かけて畳を拭くという結果にはどんな原因があったのか、ボクにはわかりません。それは考える必要はないと思うんです。

 

大切なことは、今この瞬間自分の身に起こっていることに対して、都合の悪いことであればあるほどそれを喜んで取り組むことなんですね。

 

その瞬間身に起こっている結果に対して、その瞬間を大切に、喜んで取り組むことで、それが新たな原因となって、新しい結果をもたらしてくれます。

 

正直、こんな汚い畳を拭くなんて、とてもじゃないけど喜べない。でも、これをやったら、やらないという選択肢から得る結果よりは間違いなく、良い結果が身に起こってくるはずだから、喜べないけど、不足をしないで、恨まないで、とにかくやり切ろう。

 

そんなことを1人で考えながら、畳を吹きまくりました。

 

 

なんだか、まるで奉告祭が終わったような

すべてをやりきった達成感のような

言いようのない変な感覚を感じながら、帰路につきました。

 

奉告祭まであと2日。

 

 

つづく

 

【夢占い】駅でミスチルの「365日」がかかって、歌えって言われたから歌ったら、「全然似てねえじゃん」って怒られたよ」

どうも夢見る男、コムヨシです。

最近もコンスタントに夢を見ていたんですが、起きた瞬間に吹っ飛んじゃってる系のやつばっかりで、全くネタになりませんでした。

久しぶりに鮮明に記憶された夢を見たので記事にしてみようと思います。

 

 

 

景色と建物が理想的に調和している街

ボクの地元の小学校から、家に向かって通学路を歩いていました。

右側に平屋の団地が3棟だったか4棟くらい並んでいて、今はとてもキレイに改築されています。

改築されてるっていう印象があったためだろうと思うんですが、

「中世ヨーロッパか!」

っていうくらいとても優雅というか爽やかというか、建物と自然が見事に調和している通りを歩いていました。

その、団地からメガネをかけた青年が出てきました。

どうやらその団地は大学の寮のような感じらしく、その青年は新入生だったのか、自分が暮らすための新しい部屋を探している風でした。

部屋の感じが気に入らなかったのか何なのかわかりませんが、出ていったようでした。

 

ボクは、中がどんな感じになっているのか見てみることにしました。

中に入ってみると、やはり寮のような感じになっていて、学生らしき若者たちがおもいおもいの時間を過ごしていました。

麻雀を打っているヤカラがいたり、何やらギャルっぽいのもいましたね。

よくよく思い返してみると、男女の隔てはなかった感じですね。

 

そこでも何かしらのやりとりがあったような気がするんですが、忘れました。

 

夢占いの結果

職場や学校など一番身近なところでの人間関係を示します。

集団生活の中で不安を感じでいたり、順調な付き合いを願っているなど何か思うことがあるようです。

また夢に嫌な印象を受けたなら、スムーズな付き合いができずにいたり仲間達との間でトラブルが起きる恐れも。

協調性に欠けているなど人への接し方に問題はないか見直してみましょう。

なかなか手厳しいですね。

協調性がないのは自覚しています。

 

 

 

公園を歩いていると中学生の集団に会う

場面が変わり、子供の頃よく遊んでいた公園の小高い山を歩いていました。

その山を下っていくと、下の方に地元の中学校のジャージを来た集団がいます。

中学生の集団は野球部らしく、

「(楽天の)オコエはダメだ」

と言っています。

ボクが「オコエダメなの?」と聞くと

「オコエはダメっす」

 

オコエ君、検討を祈っていますよ。

 

中学生の集団は、これまたボクが通っていた保育園の方へ向かって消えていきました。

消えてしまったなあと思っていたら、その方向から女性の集団がやって来ました。

その女性の集団は、今ボクの子供たちが通っている保育園の同級生のお母さんたちでした。

とても愛想よくボクに挨拶してくれました。

気がつくとお母さんたちと駅にいました。

電車を待っている駅で、ミスチルの名曲「365日」がかかります。

ボクが

「あ、365日だ」というと

お母さんたちが

「じゃあ歌ってみて!」とはやし立てるので

恥ずかしかったけど思い切って歌ってみたんです。

 

歌い出してすぐ

 

「全然似てねーじゃん」

 

って言われました。

モノマネできるなんて一言も言ってないのに。

 

そうこうしてるうちに電車がきてみんなで乗りました。

 

電車の中では、ボクの姪っ子がいつの間にか乗っていました。

右目に赤いアザのようなものがついていてビックリしたんですが、それよりも姪が一緒に乗ってくれていることが嬉しかった感じがありました。

 

 

夢占いの結果

公園散歩する夢

何となく間が持たない時や気分転換をしたい時など、ゆっくり公園を散歩すると気分が良くなりますね。公園を散歩するのは、夢占いでは不特定多数の人が集まる場所で新しい恋に出会えるという意味になります。また人から注目されるというサインでもあります。お付き合いをしている相手と一緒に公園を散歩していたなら、恋愛運や対人運が上昇しているという夢占いになります。パートナーとの関係は良好と言るでしょう。しかし歩いている歩調が合わなかったり、恋人に置いて行かれたりしていた場合は、二人がコミュニケーション不足である事を夢占いは教えてくれています。

誰かと一緒にいたような、一人だったようなという感じですが、間違い無いのは中学生と一緒になったってことですね。

流石にそんな例はネットでは検索できませんでした。

オコエ君も「ガンバ。。」としか言いようがないです。

 

ママ友が出てくる(友達じゃないけどね)

ママ友やパパ友の夢は、頼もしい仲間の暗示であると同時に、あなた自身の内面が豊かになってきたことの暗示でもあります。

吉夢の場合、身近な人間関係に支えられ、充実した毎日を過ごすことができるでしょう。

ママ友やパパ友に限らず、夢の中の登場人物は、あなたの一面を意味するものです。

つまり、あなたのさまざまな才能や側面が、もっと生活の中にいかされていく可能性があることを、夢が告げているのです。

 これはなかなかいい感じですね。

ボクの知られざる才能がもっと生活に活かされていくなんて、考えただけでもワクワクしますね。

 

歌をうたう

歌は喜び、悲しみ、幸福、絶望、歌にはあらゆる感情を言葉にし、外に自分の心を表現する方法です。
それゆえに歌う夢は、本当の自分を知ってもらいたいという自己主張の強い気持ちを暗示しています。

しかし、歌っているときの自分の気持ち次第で、良い意味にも悪い意味にもなります。
【楽しい気分】であれば、あなたは気分が高まっており、やる気に満ちている表れであり、
【悲しい気分】であれば、気分が落ち込んでいるか、これからのトラブルに見舞われる警告になります。
夢の中での自分の感情を思い出してください。

えっと、どっちもですね。

歌とは自分の思いと感情、伝えた言葉を音に乗せて、表現するものです。
そして歌詞には潜在意識からの警告、悩んでいることへのヒントが隠されています。

【歌詞の内容】

  • 失恋の歌    → いま恋人がいる、好きな人がいる人はその人の関係はうまくいかないかもしれない
  • 応援の歌    → 目標に向かっていまのまま努力していけば、叶うことを意味している
  • ひたすら叫ぶ歌 → いつも自分の思いを我慢している表れ、もっと自己表現をしてもいい
  • 絶望している歌 → ストレス、不安により生命力が低下している、まずはリフレッシュを

上記のようにそれぞれあなたに向けてのメッセージになっています。
歌う夢を見たときは歌詞にも注目して、できることなら覚えているフレーズを紙に書いてみましょう。

「365日」ってこの中で言えば応援の歌になるんじゃないでしょうか。

目標をしっかり見据えて、頑張っちゃいたいと思います!

 

姪っ子と電車に乗る

姪っ子さんと一緒に電車に乗るのは、アナタの人生で姪っ子さんが大切な存在だという意味だと思います。

電車は運勢そのものを表しています。

大切です。とても。

以前の夢占いの記事でも書きましたが、電車や駅っていうのは運勢だったり、人生の分岐点にさしかかっていることを暗示しているらしいです。

電車の中の印象は決して悪くなくて、満員電車で座れなかったですね。姪っ子も立っていました。

姪は不安そうな顔をしていましたが、ボクには不安は全くなくてとても嬉しい気持ちでした。

正確には、姪と一緒に乗ったのではなく、気づいたら姪がそばにいたっていう感じですね。

お父さんだったかお母さんと手を繋いで乗っていたと思います。

 

 

まとめ

いかがだったでしょうか。

立場的に近々変化があるのはわかっていますが、こうやって夢を診断していくのは本当に面白いですね。

あまり、記事を真に受けすぎず、いいところだけ信じて楽しく暮らしていきたいと思います。

 

 

 

 

 

 

第6話「恐喝容疑の真相」〝思ってたんとちゃう〟教会長の日々

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どうも、コムヨシです。

なにせ教会長なもんで、何かとバタバタとしております。

 

毎回いいところで終わるから続きが気になって仕方がない!

と、好評をいただいておりますコム次郎シリーズ。皆さんのそんな声に支えられながら今もせっせとキーボードをぶっ叩いています。

 

しのごの言わずに続きに参りましょうか。

ではいってみましょう。

 

 

 

コムヨシ恐喝容疑の真相

前回は、コムヨシに警察から電話がかかってきたところまでで終わりましたね。

ホントにびっくりしましたよ。

 

なんか、電話の向こうの警察官の語り方が、完全にボクを疑ってる感じのトーンで喋ってたんで、これはもう何をいっても無駄なんだろうと。

ボクは完全に捕まるんだろうと。

完全に悟りましたね。

 

いやいや、なぜ捕まるオレ?

なんもしてないし。

 

警察官の言い分はこうでした。

 

警察「先ほど、久保ツエ(仮名)という方から連絡がありまして、天理教のイベントをするために80万よこせと小向さんに脅されたと」

ボク「はあ」

警察「それから、退院できないはずのおじいさんを無理矢理退院させてきた」

ボク「はあ、はい」

ボク「・・・・・・」

ボク「いやいやいや、あのですね」

警察「大丈夫です。ちゃんと裏取れてますから。」

ボク「はい?」

警察「というのもですね、久保ツエさんが小向さんの実家の電話番号を教えてくれまして、そちらに確認をしてもらえればわかるはずだということで、ご実家の方に電話をしてみたんです」

ボク「ふむ」

警察「小向さんのお母さんが電話に出られまして、お話を伺ったところ解決しましたので大丈夫です。久保ツエさんの話がおかしいなとは思っていたので確認の意味で電話をしました。」

ボク「あーね!」

警察「それで、小向さんには、こういうやりとりがありましたよっていうのをお知らせするためにお電話を差し上げたということです」

ボク「了解っす!お疲れサンクス!」

警察「今後こういうことが未然に防げるように警察としてもパトロールをしていこうと思います」

ボク「それはそれはお疲れサンクス!」

 

 

というやりとりがあったわけです。

久保ツエさんこと、前奥さんは軽い認知症のような状態でした。

 

ここからはボクの想像になるんですが、当時前会長さんと前奥さんは2人だけで暮らしていました。

ヘルパーさんもいたようですが、週に何度か来てお世話をしてくれるだけだったので、基本的に身の回りの世話は自分たちでやらなければなりません。

前奥さんからしたら、自分の世話だけでも大変なのに旦那の世話なんてもってのほかなわけです。

恐らく、入院してくれてありがたいくらいに感じてたんだろうと思います。そりゃそうですよね。

「あ〜ラクチンラクチン」

ってホッとしていたところだったのに、退院してくるっていうじゃないですか。

焦ったと思います。

ワシの幸せを壊されてたまるか!!

 

そしてその幸せを崩しにかかっているのが、新しい会長だということに気づいたわけです。

あいつを何とかして止めねば。

 

というのが原因だったんじゃないかなと思います。

 

前奥さんが悪いわけではないんですね。

誰が悪いわけでもないんです。

 

ボクは、こんな老人にこんな思いをさせてしまったこの状況を何とかしなければならないなと感じました。

そこまで追い詰められていたんですね。

ホントに可哀想な人だなと思いました。

 

そして、前奥さんとの格闘はこれで終わりではありませんでした。

 

次は盗難容疑で疑われることに。。

 

 

 

つづく