com-yoshiのブログ

現役の天理教教会長による、ぶっ飛びな天理教のお話や、だらけきった信仰体験談を通して、アナタのココロの筋力アップをサポートします。

【人生はギブ&テイク】金もモノも人もいない人はまずこれを読め!

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この世には、2種類の人間しかいません。

コムヨシか、コムヨシでないか。

 

どうも、陽気伝道師コムヨシです。

お盆ということで、妻の実家に行ってきました。

妻はビッグダディもビックリするくらい兄弟姉妹が多いんですが、ご両親もまたビックリするくらいインパクトのあります。

クセが強いですがその分愛されてるって言う感じの本当に素敵なご両親。

そんな親に育てられた子ども達もまた、クセが強くて愛されるキャラをもった人達ばかり。

妻の里帰りという、ごく当たり前の習慣ですが、ボクにとってはそんなやわらかなものではなく、ちょっとした勢いと覚悟が必要です。

でも、本当に出来た人達ばっかりで、なおかつ面白くて、どうしたらこんな素晴らしい人間が育つんだろうかって思うくらい、みんなすごいんです。

今回は、妻の実家の姿にみる家庭像と、天理教が目指す陽気ぐらしの生き方について考えてみようと思います。

 

 

どんな家族なのか

まず、どんな家族なのかということをザックリ説明してみようと思います。

  • 基本的にノリが大阪人
  • 方言のクセが強すぎる
  • 絆の強さがブッチギリ
  • お義父さんはクセが強い元教育長
  • お義母さんは地域の婦人部長
  • 圧倒的なトーク
  • トークは常におもしろいネタでなければいけない
  • 家族に対するいじりがハンパない
  • 全焼の火事を経験している
  • 親心のかけかたがハンパない
  • 親孝行することを喜びにしている
  • とにかく明るい

 

ざっと思いつくだけでも、こんな感じです。これだけだと、あんまり特別感がでてこないですが、とにかくクセが強くて前向きで明るいっていうことは伝わったかなと思います。

 

 

困難を乗り越えた前向きな明るさ

家族の細かい話はプライベートに関わることなのでここでは割愛しますが、妻の兄弟姉妹に会う度に思うのは、本当に明るくて楽しい家族だなってことです。

ボクの家族はちょっと変わっていて、自分の友達とか仲間の間では明るくなるんですが、家族の中では逆に暗い雰囲気になります。ボクの家族が逆に特別だからそう思うのかもしれないんですが、それでも妻の実家はぶっちぎりで明るい雰囲気をもっている家族だと思います。

妻の実家は、妻が幼少の頃火事になっています。

なので、妻の幼少の頃の写真は2、3枚くらいしか残っていません。

絆の強さが、この困難を乗り越えたからなのかはボクにはわかりません。でも、それによって絆が深まったのは事実だろうと思います。

妻の実家は、薪ストーブを使っているんですが、こんなエピソードがあります。

東日本大震災当日、実家に居たのは、妻と、妻のお兄さんと妻のお姉さんの3人。

他の殆どの人がそうであったように、余震の度に恐怖を感じていました。電気もガスも(?)使えません。

そこで活躍するのが、電気もガスも要らない薪ストーブ!

震災当日、兄弟仲良く薪ストーブで焼き肉を楽しんだといいます。

また、薪ストーブでお湯を沸かしてお風呂にはいったなど、とにかく、不自由という状況が(不謹慎ですが)面白かったと妻は振り返ります。

「困難を乗り越える」とよく言いますが、この家族はそういう概念で生きていないということにとても驚きました。

楽しもうと頑張っている訳でもなく、その状況が面白いから、楽しんだというシンプルなものです。

こういう感覚が身に付くと、人ってもっと色んなことに挑戦できるようになるのかもしれません。

困難を困難と感じない感覚というのは、正に陽気ぐらし実践になくてはならない感覚かもしれません。

 

 

恩は返せる時に全力で返せばいい!

ボクが大切にしている天理教は、陽気ぐらしという生き方を推進しているんですが、これまでボクは、教えによってのみ陽気ぐらしの生き方が実践できると思ってきました。

だから、天理教の教えを知らなければ、陽気ぐらしはほぼ出来ない。だからその生き方を伝え広めなければならない。そのために布教活動をする。

こういった考え方が基本にあったので、ボクの中ではいつしか、

天理教を知らない人=陽気ぐらしを実践出来ない人=幸せになれない人

という勝手な思考回路になってしまっていました。

でも、妻の家族はまったく違いました。

妻の両親はとても熱心な天理教信者なので、教えを実践されているのはもちろんなんですが、なんというか、今まで会った天理教の人とは全く違う価値観をもっていました。

例えば

人からの好意は甘んじて受ければいい。ただ、恩は絶対忘れてはいけない。今すぐ恩返しが出来なくても、返せる時は生きていれば必ず来るから、その時は誠心誠意返しなさい。

と、教えてもらいました。

(現時点で)恩返しが出来ない状況であれば、もらうな、やっかいになるな、という感じで育てられたボクにとって、この感覚はとても大きなことでした。

未来は真っ暗でいい - com-yoshiのブログでも書いたように、妻や妻の兄弟姉妹が、親にお金をあげることを楽しみにしているという感覚は、ボクにとってある種のカルチャーショック的な出来事でしたが、お義父さんからの教えを聞いて得心しました。

与えられることによって、そこに依存のような関係性ができてしまうんですが、人っていうのは一人では絶対生きていけないので、与えられるということは決して悪いことではないんですよね。

大事なことは、そのことに対してきちんと感謝の心をもてること、そして頂いたことを決して忘れないこと、いつか必ず恩返しをするということが大切なんですね。

それってつまり、人間関係を築くっていうことなんです。

頂くことを、申し訳ないからと断ることもできますが、そこで一つの関係が終わります。

関係が終わるということは、こちら側から与えるという行為も消えてしまうっていうことなんですね。

人生の豊かさは、どれだけ多くを得られたかよりも、どれだけ多くの人に与えられたかだと思うので、この関係性を保つことは人生の豊かさにも直結するんですね。

そして与える人には、それ以上に与わってくるんですね自然と。

事実、妻の両親には金もモノもどんどん集まってきます。しかもその殆どが一級品ばかり。ほんとに凄いです。

 

 

与え続ける人は、失うことが怖くない

っていうことかなと思います。

なぜ失うことが怖くないかというと、どうにかなると言うことを経験としてしっているからです。

失ったとしても、また与わるということをしっているからです。

だから、どんな状況だろうと人に与え、与えることを喜び、人の喜ぶことを自らの喜びとすることができるんです。

天理教の教えに

「人をたすけたら わが身たすかる」

という教えがありますが、世の中はまさにこういう理屈なんですね。

この感覚を人生のいたるところで実践できるようなると、間違いなく今より数段豊かな人生をおくることができるようになります。これは絶対です。

何故って、それがこの世の法則だからです。

 

さあ、今日も一日陽気ぐらし!