com-yoshiのブログ

現役の天理教教会長による、ぶっ飛びな天理教のお話や、だらけきった信仰体験談を通して、アナタのココロの筋力アップをサポートします。

【解決⁉︎】困難な状況を打破するのは、反省ではなく感謝することだった

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この世には二種類の人間しかいません。

コムヨシか、コムヨシでない者か。

どうも、コムヨシです。

前回、妻の実家の家庭像を通して、ギブ&テイクの重要さをお話しましたが、

その中で、「困難をのりこえる」ということについて触れました。

ボクにとって困難だと思っていたことが、妻や妻の家族にとってはさほど困難なことじゃなかったっていう衝撃的な事実を書きました。

今回は、なぜそのようなギャップが生まれるのかということと、アナタやアナタの身近な誰かが困難に遭遇した時の対処法をまとめてみようと思います。レッツゴー

 

 

同じ体験でも、人によって感じ方は様々

走ることが得意な人にとって、マラソンは困難なことではありません。

パソコンが苦手な人にとって、動画や画像の編集は非常に困難です。

児童が自力で外国へ渡るのは困難ですが、大人にとっては子どもほど困難ではありません。

 

このように、人には得意なことや不得意なことがあります。

不得意なこと=困難なこと、というとらえ方もできるかもしれません。

つまり、誰かにとって困難ではあるけれど、他の誰かにとっては困難ではない場合というのは、その問題に対して解決手段を知っている、もしくは、解決する能力を身につけているということになります。

だから、困難ではないのです。

逆にいうと、なぜ困難かというと、その問題に対しての解決手段を知らない、もしくは解決する能力がない(身体的能力、経済的能力)ということになります。

これらの違いが、目の前の事柄に対して、困難と感じるか感じないかの違いになります。

 

 

困難=不得意=解決手段を知らない→解決手段を身につければいい?

困難と感じる要因が、目の前の問題に対する解決手段、対処法を知らないからだということなので、解決手段や、対処法を身につければよいという安易な考えに至ります。

でも、それが出来ないからみんな困っている訳です。

例えば、お金があれば解決する問題も、お金がないから困っているわけです。稼ごうにも世の中そんなに甘くありません。

普通に生活したいと思っていても、身体的な障害を抱えている人もたくさんいます。

職場や学校でのストレスに悩んでいる人に、ストレス解消法を提案しても、多くの場合、それは意味をなしません。

アドバイスをされればされる程、しんどくなるんです。

アドバイスがもっともであればある程、それを実行出来ない自分が情けなくなるんです。

自分はなんてダメな人間なんだろう、愚かな人間なんだろうって、ボクの得意な負のスパイラルに陥るんですね。

つまり、困難な状況に直面している人に対して、正解は必ずあるんだけど、正解の答えが必ずしもその人を救うとは限らないっていうことなんです。

むしろ逆効果って言う方が多い。

正解を知っている人は、どうしても正解を教えたくなっちゃうもんなんです。

それが人間なんですね。仕方がない。

でも、本当に目の前の人にたすかってもらいたい、元気になってもらいたいと思うなら、正解は本当は正解じゃないんですね。

これは本当に難しいけど、正解は正解じゃない。

 

 

悩みに対して答えは要らないらしい

よくある話ですが、悩みを色んな人に相談しまくる人って周りにいると思うんです。

その人って、悩みに対しての正解を教えてほしいんじゃなくて、ただ単に聞いてほしいだけなんですよね。

このことって、特に男性には難しくて。

男って、理論派だから、どうしても答えを導き出したい。その答えを教えたい。というか押し付けたい。結果、相談してきた人に逆ギレされるっていう展開が待ち受けています。

夫婦間でもあるんじゃないでしょうか。

女性は話をしながら自分の思考をまとめているって聞くし、話すことそれ自体がストレス発散になっているんですよね。

わかってるんです。わかってるんですよ。世の男は。

でも、問われたり、相談されたりすると、答えを導き出そうとしちゃうんです勝手に!脳が!

問われる、相談される=頼りにされてる、っていう思考回路にもなってます。余談ですが。

 

ちょっと、話がそれましたが、大事なことは耳を傾けるっていうことなんです。

聞いてあげるだけでいい。

そばにいて、寄り添ってあげるだけでいいんです。

「大変だったねえ」

「よく頑張ったね」

「腹たつよね」

それだけでいいんです。

その人の気持ちを受け入れて、肯定してあげるだけでいいんです。

 

その後、本人が立ち直り、具体的な何かの協力を求めてきた時に、全力で惜しみなく自分のもてる力を提供してあげればいいんです。

 

天理教では

「成ってくるのが天の理」という教えがあります。

自分の身の回りに起こる一切の事柄や現象は、全て神様のご支配によるものだという意味になります。(だいたいそんな感じ)

また

「蒔いたる種はみな生える」とも言われます。

ナスの種を蒔けばナスがなり、キュウリの種を蒔いてナスが成ることは決してありません。

つまり、身に起こる出来事は、良いことも不都合なことも、全て自分で蒔いた種だということです。(だいたいそんな感じ)

その種の芽がいつでるかは神様のご支配によりますが、蒔いた種は必ず生えるという教えです。

 

困難なことというのは、実は自分がどこかで蒔いた種が芽をだしている状態だといえます。だから、よくよく自分の行いを反省しましょう、というのが天理教でよく言われる話です。

 

暗い。

暗いですよね〜。

いい教えなのに、暗い。

天理教の人は反省ばっかりなんです。反省大好き。

もちろん反省は大事。

でも、大切なのは前に進むこと。陽気ぐらしをすること。そのために必要なのは、今の自分のあらゆる状況に感謝することなんです。前進するための原動力は反省5%、感謝95%です。辛いことは嬉しいことではないです。でもありがたいんですね。この感覚がわかると、その困難は、もうアナタにとっては困難ではなくなっています。

 

 

まとめ

困難なことに遭遇したら、人の力を借りたらいいんです。思いっきり甘えたらいいんです。

そしていつか、その恩に対して恩返しを全力ですればいいんです。そう、感謝ですね。感謝を形にすることが大切です。

頼られた人は、正解を教えない!我慢する!

ただ寄り添ってあげる!

 

みんな一人じゃない。

地球上には70億も人がいるんですよ。

しかも、人類みな兄弟姉妹なんていうんですよ。

頼れ頼れ。

頼った分だけ人間関係が増えるんです。絆が強まるんです。

サイコーじゃないですか。

 

さあ、今日も一日陽気ぐらし!

 

おまけ

10-FEETが毎年開催している京都大作戦っていうフェスがあるんですが、その時のMCが超絶良くて、今回の記事を書くきっかけにもなったやつなんで、よかったら下のリンクから覗いてみて下さい。

funnyandgiggle.info