com-yoshiのブログ

現役の天理教教会長による、ぶっ飛びな天理教のお話や、だらけきった信仰体験談を通して、アナタのココロの筋力アップをサポートします。

仕方ないからって諦めてませんか?そのシステム、まずは疑ってかかれ。自分が納得できることをやろう。

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こんにちは、信じられぬと嘆くより、人を信じて傷つくほうがいい、コムヨシです。

いま、ボクが生業としている天理教のお仕事の中で、いくつかのプロジェクトに携わっているんですが、企画的にも運営的にも大分限界にきていると感じます。そのプロジェクトに限らず、天理教全体の雰囲気として完全に限界にきていると感じています。

それが何故なのか、どうしたらいいのかっていうのをまとめてみました。

 

やりたくないことを一生懸命する世の中

プロジェクトの企画とかを会議していても、まったく盛り上がらないというか、そもそも人が集まらなかったり。

会議をする中で、毎回感じるのは、やりたくない事なのに

「今までそうだったから」

「そういうもんだから」

「仕方ないんだから」

言葉には出ないけど、そういう雰囲気をすごく感じていて、なんでいつもこんな不毛な議論をしなければならないんだろうと感じてきました。なんでこんな会議に出なきゃいけないんだろうと感じてきました。

でも、よく考えたら、そんな会議に毎度毎度出席しているボクが一番

「今までそうだったから」

「そういうもんだから」

「仕方ないんだから」

を実践していたのかもしれません。

ただ、このままこの組織を離れたら、自分が負けたみたいで悔しいという気持ちもありました。自分が居続ける事で何かが変わるなら…という思いもあったのかもしれません。

 

そのシステムおかしくない?

会議という場では、なあなあな雰囲気になっているけど、いざ一対一で飲んだりすると、だいたいみんな同じ様なことを感じていたりもします。

結局のところ

「今までそうだったから」

「そういうもんだから」

「仕方ないんだから」

っていうことなんだろうと思います。

それと、おかしいとは思っているけどどうしたらいいのか分からない。

 

ブログと出会ってから、好きなことをやって他者へ貢献するという生き方を知り、ボクもそれをやりたいと思って、とりあえずブログを始めた訳なんですが、なぜ天理教の組織ではやりたい事がやれないのかずっと疑問というか、答えがわからなかったんです。

 

天理教の中にある色々な組織(青年会、婦人会、教区、支部、大教会 etc)を組織している人間っていうのは、そもそも何かがやりたくて集まっているメンバーではないんです。

 

どんな人達で組織されているかというと、語弊を恐れずに言うと、教会の力関係で極めて上層部の人達で組織されているんです。大教会なんかは特にそうですよね。

そして青年会は大教会を組織している上層部の子ども達で組織されている。

そこには、本人の意思も何も関係なく、単なる立場だけで集められているといって過言ではないでしょう。

 

思いを同じくしている訳でもなければ、その組織で何かやりたい事があって入会しているわけでもないんですね。

かくいうボクもそうです。建前上、大義名分はあるにせよ、「相応の年齢だから」「それなりの教会の息子だから」それだけです。

ボクの何か特別な魅力を買われて誘われた訳ではないし、ボクもその組織に何か魅力があって入会したわけでもないんですね。

 

「みんなが何となくやってることに疑問をもつ」

Hi-Standardというバンドをご存知でしょうか。

ボクはそのバンドに中学生の頃出会い、今以てハイスタ以上のバンドとは巡り会えていません。それくらい大好きで尊敬するバンドです。

そのバンドがバンド史上最大のピークを迎えた最中に突然の活動休止を発表します。

その後、紆余曲折を経ますが2011年の震災を機に電撃復活します。

そして昨年10月SNS全盛のこの時代に逆行して、完全告知無しでいきなり店頭販売します。

その手法に「さすがハイスタ」「センスがある」などの声が後をたちませんでしたが、本人達は「ここまで騒ぎになるとは思ってもなかった」とあっさり。

そして今秋10月4日には満を持してニューアルバムをリリースすることが決定しています。

昨日、リリースに先駆けて彼らのインタビューが公開されました。

 

インタビューの冒頭、記者から改めてゲリラ販売の件についての言及を促されていますが、彼らはやはり自分たちが特別な事をやったという意識はないとした上で、

「みんなが何となくやっていることに疑問をもってた」

と言います。

ボク、この感覚が今の天理教に最も必要な感覚なんじゃないかなって思うんです。

やりたくもない事をどうやったら楽しく出来る様になるかっていうことばかりで、多少のごまかしは出来るのかもしれないけど、根本的な問題解決にはなっていないんです。

やりたくないことは、どこまでいってもやりたくないもんなんです。それをどうやったら出来る様になるかっていうことばっかり考えているから、会議も盛り上がらないし、人も集まらないと思うんです。

 

思い切って、何もかも白紙に戻したらいいんです。

組織を解散してみるっていうのも一つ。

 

本当にやりたいことがある人達は言われなくても勝手に行動するし、なんとかしようする人には必ず似た考えをもった人との出会いがある。

 

その方が絶対楽しいに決まってますよね。

 

天理教が輝きを取り戻せれば、世の中はもっともっと輝くはずなんです。

 

どうせやるなら、失敗するかもしれないし、誰かに怒られるかもしれないけれど、自分がやりたくないことやって、モヤモヤしたまま暮らすより、自分が納得できることをやるほうが人生豊かに決まってるから。

 

そのシステム、まずは疑ってかかりましょう。これぞパンクスのDNAです。

 

今日も一日、陽気ぐらし!