天理教2.0になるためのコムヨシブログ

23歳で天理教の教会長に就任。 従来の布教活動を心から楽しめず、自暴自棄になる。 ブログという新しい可能性と出会い、新しい教会と信仰のあり方を模索。 お供えに依存しない教会を目指し、自分の才能を活かして自分の力で稼せぎ、のびのびと楽しい信仰のあり方や生き方である【天理教2.0】を自分のスタンダードにしたいと考えている。 青森県出身 天理高校卒 天理教語学院スペイン語コース卒 天理教コロンビア出張所にて2年間勤務。上級青年勤め後23歳で会長就任。既婚/子供3人/33歳

第10話「教会はお化け屋敷!?」〝思ってたんとちゃう〟教会長の日々

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「情報公開はいいけど、情報出し過ぎじゃない?」

 

どうもコム次郎こと、コムヨシです。

 

先日、敬愛する先輩からそんなことを言われました。

 

さんのコムタンブログ見てるよ!」

 

そう、あのコムタン発言の先輩です。

 

「出し過ぎじゃない?」とか言うくせに、コム次郎シリーズは3話までしか読んでないそうです。

 

というわけで、これからは

 

じゃんじゃん小出しでいきます!

 

記念すべき10話スタート

 

 

 

いよいよ始まった教会一人暮らし

ボクはこれまで、親元を離れての生活は長かったんですが、一人暮らしというのは初めてでした。

 

一人暮らしデビューが天理教の教会だなんて、ものすごくヘビーですよね。スーパーウルトラヘビー級です。いや、ウルトラスーパーヘビー級とでもいいましょうか。

 

教会は築50年(当時)くらいの建物で、改築もほとんどなされておらず、色々な隙間や穴がたくさんありました。(今も)

また、周りが畑にかこまれているということもあってか、とにかくネズミが多かったんです。(今も)

そのため、前会長さんたちはあちこちにネズミ用の仕掛けを施していました。

主に、毒のエサと、よくわからないけど薬品を蒔いていたようです。

 

その薬品のにおいが強烈で、本来薄めて使用するものを原液のままそこらじゅうに蒔いていたらしいのです。

 

特に台所での臭いがハンパなく、台所でご飯を食べる気にはなりませんでした。

 

そんな感じで教会での一人暮らしが始まりました。

 

 

 

一人暮らしの夜って引くくらい寂しい

そんなに急ぐ必要もないのに、何かに急かされるように慌ただしく引っ越しの準備を進めました。

引っ越しと言っても自分の荷物は殆どないので、すぐ終わりました。

 

基本的に住居というものにあまり頓着なかったので、「あれが足りない」「これが足りない」と感じる事もなく、あるもので生活するという感じでした。

 

それでも困った事はありました。

 

それはテレビです。

 

テレビは割と大きめのブラウン管テレビがあったんですが、この辺の地域は電波が非常に悪く、普通に見れるチャンネル数がとにかく少ない。

 

地デジに移行した今は、ケーブルテレビになったので電波に関係なくキレイな映像をみることが出来るんですが、当時見れたチャンネル数は2つです。

 

2つです。

 

 

2つ。

 

 

そう、たったの2つ。

 

 

NHKと日テレ。(NHKは2つチャンネルがあるので、正確には3つですが)

 

 

当時ボクは「めざましてれび派」だったので、朝から羽鳥さんのズームインを見なければならないのは苦痛以外の何ものでもありませんでした。

 

いえ、羽鳥さんがキライなんじゃないんです。ズームインがおもしろくなかったんです。

 

まあ、それでも朝は良いですよ朝は。

 

夜ですよ夜。

 

一人暮らしで、チャンネル2つを想像してみて下さい。

 

しかも一つはNHKです。むしろこれはカウントされないでしょ。

 

実質1つなんです。

 

日テレ一強です。

 

なので、テレビはほとんど見ませんでした。このころのドラマとか流行ってた音楽とかも全然わかりません。

 

何を見ていたかというと、上級教会での青年勤め(雑用係)時代にレンタルしまくっていたDVDをひたすら見ていました。

 

 

 

友人が泊まりに来たぜ

そんな暮らしを続ける中、ある友人が泊まる事になりました。

 

教会での一人暮らしが退屈だったのもあるのですが、夜の教会で1人で寝るのがあまりにも恐かったというのもあり、来てもらうことにしたんです。

 

ボクは生まれも育ちも教会です。

 

だから慣れてるでしょって思われるかもしれませんが、夜の教会はやっぱり不気味で、1人で神殿のトイレに行くのはそれなりに勇気が要りました。

でも、実家は住まいと神殿が繋がっているとはいえ、生活スペースは住居でことたりたので、夜に神殿のトイレに行くことはありません。

 

しかし

 

ここの教会は、神殿を中心にして神殿の周りに部屋が足されている感じなので、どこへ行くにも神殿を通らねばなりません。

 

とにかく不気味なんです。

 

気持ち悪いんです。

 

トイレに行きたくないんです。

 

そんな感じだったんで、友人が来てくれたその晩は不気味さはかなり軽減され、楽しく夜を過ごす事ができました。

 

 

 

緑色のおじいちゃん

それから一週間ほどたった頃でしょうか。

 

泊まりに来てくれた友人とは別の友人と、何気ない会話をしていました。

その友人は、泊まりに来てくれた友人とも共通の友人で、彼らがボクの教会に泊まりに来たことも知っていました。

 

そんな話の流れで突然その友人が、こんなことを言ってきました。

 

 

「こないだ教会に幽霊がでたらしいね!」

 

 

「え?」

 

 

「え???」

 

 

「!!!!!!!!!」

 

 

おい、そんなの聞いてねーぞ!

 

 

どういうことだったかというと、その友人がトイレから部屋に戻る途中、神殿の隅に薄緑色の色をしたおじいさんが、イスに座るような格好をして座っていた。(そこにイスはなかったらしい)

神様の方に背を向ける格好で、外の方を向いていた。

 

 

ということがあったのだそうです。

 

でもその友人は、ボクが恐がりだということを承知してくれていたので、あえてボクには話さなかったのだそうです。

 

共通の友人には話したけど、本人には話さないようにということを伝え忘れていたようです。

 

その話を聞いて、実は思い当たる節がありました。

 

当時ボクは、ある信者さんのおたすけに通っていて、3日間病院へお見舞いに行くことに決めていました。

友人が泊まりに来た日は、2日目のお見舞いの日でした。

 

3日目の午前中は、部屋でちょっとした事務作業をしていたんですが、なんとなくソワソワするというか、イヤな感じがするというか、教会にいたくない感じになったので、ちょっと早いけど病院に行く事にしたんです。

 

病院に行ってみると、部屋に信者さんの名前がない。信者さんもいない。

 

大部屋だったので、容態が悪くなって移動したのかなと思い、看護師さんに尋ねてみました。

 

すると看護師さんは

 

「今朝、亡くなりましたよ」

 

とのことでした。

 

 

ボクは、その信者さんとは全く面識がなく、入院の連絡をもらった時にはすでに意識がない状態でした。

 

ボクには霊感がまったくないので、そういう話はまったくわからないんですが、

 

あの日の夜、友人がみたおじいさんは、恐らくこの信者さんだったんだろうなと思うんです。というか、そうであって欲しいと思いました。

 

教会にはまったく来ていなかったみたいだけど、修養科を出て、用木にもなっていたと聞きました。

 

「酒癖が悪くて大変だった」とその方の奥さんが事あるたびに言ってたけど、最後の最後に教会に来てくれたんだなって思ったら、とても嬉しかった。

 

あの夜、友人が泊まりに来ていなかったら、共通の友人がうっかりお化けの話をボクにしてくれていなかったら、ボクはその信者さんが亡くなる直前に教会に来てくれていたことを知れなかった。

 

この世に偶然なんてないっていうけど、いまこの記事を書きながら改めてそれを感じています。

 

ちなみに、ボクの母親は引くくらい霊感が強くて、何度か手伝いとかで教会に来てくれているんですが

 

「相当気合いを入れてからじゃないと、あそこの教会には行けない」

 

というほど、邪気がハンパないそうです。

 

なんというか、無念の感じがハンパないんだそう。

 

それを聞いてから、色々調べてみたら、どうやら故人の年祭がほとんど滞っていたようなんです。

 

それで、前会長さんの一年祭(このシリーズ中ではまだ死んでません)に合わせて、滞っているであろう方々の年祭を一緒に勤めたんです。

 

それからというもの、以前のような邪気はほとんどなくなったらしいです。

 

霊感がないボクにはまったくわからない世界ですが、年祭とか霊祭って大事だと思います。教理的にどうなのかってとこはあると思うけど、大事っす。

 

でも、もしも霊感があったら住めなかったんだろうな。色々ちょうどよくできてるって感じですね。

 

 

 

つづく