天理教2.0になるためのコムヨシブログ

23歳で天理教の教会長に就任。 従来の布教活動を心から楽しめず、自暴自棄になる。 ブログという新しい可能性と出会い、新しい教会と信仰のあり方を模索。 お供えに依存しない教会を目指し、自分の才能を活かして自分の力で稼せぎ、のびのびと楽しい信仰のあり方や生き方である【天理教2.0】を自分のスタンダードにしたいと考えている。 青森県出身 天理高校卒 天理教語学院スペイン語コース卒 天理教コロンビア出張所にて2年間勤務。上級青年勤め後23歳で会長就任。既婚/子供3人/33歳

ぶん殴ってやりたい人と、上手にコミュニケーションがとれるようになるたった一つの方法

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どうも、コムヨシです。

 

この組織が停滞しているのは、あの人のせいだ!

っていう人、身近にいませんか?

 

いつかこの思いをぶつけてやろうと思いつつも、いざとなると尻込みしちゃうんですよね。

 

この記事では、いかにして思想の違う人と上手に、コミュニケーションがとれるようになるのかをまとめてみたいと思います。

 

 

コミュニケーションができないという思い込み

先日、ある行事の慰労会に出席してきました。

その席には普段顔は合わせるけど飲むことはほとんどない、先輩や先生方がたくさんおられました。

 

そんな中、その組織のNo.2の先生が突然ボクの隣に座ったんです。

 

ボクは、その先生に対してはあまり良いイメージを持っていませんでした。というかけっこう嫌いでしたww

理由をザックリ言うと、この組織が停滞しているのはその先生のやり方に問題があるから、と思っていたからです。

 

で、ボクはそこら辺の感情を努めて顔に出さずに、先生が組織に対してどんな思いを持っておられるのかを率直に聞いてみたんです。

 

先生からの答えはとても意外なものでした。

 

ボクが普段から考えていることと、そこまで違っていなかったんです。

もちろん目指す方向性や、その手法は違うんですが、現状を憂いることとその原因となっているものの正体が、ボクの思っているものと大差ありませんでした。

 

とても驚きました。

この人もそこまで考えていたんだと。感じていたんだと。

 

その時ボクはある種の喜びを感じたのと同時に、2つの違和感を感じました。

 

じゃあ、やれよ。

そこまで原因がわかっていて、あとは動くだけなのになぜ動かないんだろうか。年齢を理由に動けないというのなら、なぜ若い人に指示をださないのか、と。

でも、よくよく考えたら多分みんな組織には不満をもっていて、それをみんな人のせいにしてるだけだった。

 

実際ボクも、その先生にせいにしてたわけで。

 

なぜボクはこの先生とここまで深い話しができたんだろう

普段のボクなら、最初からケンカになることが分かっている人とは、ケンカになるであろうテーマの話はしません。

でも、なぜかこの日はしようと思ったんですね。

なぜか自信があった。

これが自分の中でとても違和感があったけど、とてもいい感じだったんです。

 

その理由を考えてみたら、なるほどと納得しました。

 

 

自分軸が明確になったから相手の思想との比較が容易になった

ボクはこれまで、何が自分を高揚させ、何が自分をイラつかせているのか具体的にイメージ出来ていなかったんです。

 

でもそれは当然で、自分軸がなければ、何を基準に良いか悪いかを判断することができないし、仮に出来たとしても圧倒的に時間がかかってしまうんです。ボクの場合。

 

でも最近、天理教2.0を進めて行く中で、

  • 自分はどんなことが好きなのか
  • どんな人の役に立ちたいのか
  • どんなことでイライラするのか
  • どんな環境をつくりたいのか

そんなことを考えたり学んだりしている最中です。

 

自分が進みたい方向性が見えてくると、自分が大切にするべきことや、後回しでもよいことが段々と輪郭をともなってイメージできるようになってきます。

 

これによるメリットは、

  • とにかく時間の無駄が少なくなる
  • 自分の軸が出来る

っていうことだと思います。

 

自分の軸ができると、相手の思想を、感情ではなく軸で聴くことができるようになります。

例えて言うなら、今までは相手の渾身のストレートを素手で受けていたんだけれども、グローブで受けれるようになったようなものです。(この例え大丈夫かな?ww)

 

素手→余裕がない=受けれる球数に制限がある。

グローブ→余裕がある=何球でも受けれる

 

これは当たり前のことなんですが、グローブは突然現れるものではなく、自分の力でゲットしなければなりません。

 

 

比較は優劣をつけることではなく自分との違いを知ること

自分軸ができて、相手の思想と自分を比較出来るようになりましたが、ここで落とし穴があります。

 

比較というと、どうしても優劣をつけてしまいがちなのが人間です。

 

そうではなくて、自分との違いを知るという作業なんですね。

自分の思想と相手の思想のどこが違うのか、というのを知ることが大切なことなんですね。

その違いがわかると、違っている部分に興味がわいてくると思うんです。

つまり相手に興味をもって接することができるようになる。

知りたいっていう欲求がでてくるってことなんですね。

 

 

違いが分かると自分の主張がより明確化する→相手の意見を柔軟に受けられる

相手との違いが分かれば分かる程、自分の主張が明確化していきます。

ようするに、対話も一種のインプットの作業になるっていうことです。

 

相手を知ろうとするっていうことは、つまりは学ぶっていう姿勢だからですね。

 

インプットの効果は、自分の思考の整理に繋がるから、自分の主張や進みたい方向がより強い輪郭をもってイメージ出来るようになるわけです。

 

  • 自分の軸が少し太くなる。
  • 太くなったからブレにくくなる。
  • ブレにくくなるから、相手の意見に対して柔軟な姿勢をとることができる。

 

っていう流れになるんですね。

 

 

コミュニケーションの極意は自分軸作りにあり。

今回の記事では、

  • コミュニケーションが上手くいかないのは自分軸がないから
  • 自分軸は自分の進みたい方向性を知ること
  • 自分軸ができると、相手との比較が容易になる
  • 比較は優劣をつけることではなく、自分との違いを知る行為
  • 違いが分かることによって自分軸が更に太くなり、ブレにくくなる
  • ブレなくなると、相手の意見を柔軟に受けることが出来る→学びに繋がる
  • コミュニケーションが滑らかになる

ということをまとめてみました。

 

アナタも是非、自分軸作りに励んで下さいね!

そうすればより早く、アナタが目指したい新しい天理教の方向性にたどりつけるはずです。

 

ボクは自分ができることを、小さなことから実践して積み重ねて行くことで、信仰のあり方なんかをフォローしてくれる人が増えたらいいなって思います。

 

これからも記事を書いて、自分軸を太くして、天理教2.0へたどり着けるよう頑張って行こうと思います。

 

今日も一日陽気ぐらし!